3.29.2016

祖父の葬儀

知は本来、秘密であり、奥義である。ほんとうの知識へは、だれもが到達できるものではない。知識をもっとも求める者、また知識にもっとも求められる者にはその資格があると言える。

私にそんな資格があるかわからないが。「説明したがり屋」の科学は、時に毒になるということだ。科学はアリストテレス趣味だ。分類、定義づけ、分析。真理が女だとすれば……。



葬儀には行くべきだろうか?親戚通しのわいわい・がやがやはうっとうしいという気がする。しかし死に顔は見ておきたいものだ。私は肉親の死に触れたことはない。ただ、何度か見知った人間が死ぬことはあった。それは何らショックではないが、奇妙な感じがした。

死者を弔うにはどうすればよいのか?儀式に参加すべきなのか?私は葬儀に関する一定の合理性を認めている。少なくとも、結婚式よりは……。それはやはり、しなければならないものだと思う。

行きたいが、仕事から離れられるのか?地方の労働環境の過酷な現実は、社員に有給休暇を与えうるか?

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