4.03.2016

鞭うつ者

なんだか少し気負ってしまい、書いては消して、書いては消してを繰り返してしまった。たいしたことのないブログだから、たいしたことのない内容で良いのだが。

休みを一日だけとって、祖父の葬儀は出席した。私の社会性のなさには自分で驚いてしまった。こういう儀式は、苦手だ。ただ以前より、親戚の連中と話すことは苦ではなくなった。会話の技術は身についたということだろう。

往復1000km、深夜の高速道路を、トラックの間をくぐり抜けるように帰ってきた。深夜の高速に、トラックがあれほど走っているとは気づかなかった。

日本の高速道路は、世界一だと思う。日本の道路ほど金のかかっている国を私は知らない。みすぼらしい家の前でも、ぴかぴかに舗装された道路があるし、一日何台も通らないだろう林道でも、きっちりメンテナンスされている。おそらく衰退していくだろう日本で唯一すばらしいものが道路であり、また衰退の原因も道路なのだろう。

日本がこの先どうなるかはわからないが、私の身近な生活を顧みて、これからも貧しくなるだろうことはわかっている。私も、私の周りのひとびとも、なぜこんなにも不幸なのかわからないが、おそらく貧困が原因なのだろう。

ひとびとが、17時には退社して、おのおのの時間を楽しむことができ、また、日々十分な金を使うことができれば、おそらくここまでの不幸は生じないだろうと思う。そのような環境であれば、強いて働かせるための洗脳、ドグマ、暴力のシステムも不要なはずである。ひとびとは自発的に、自然に働いてくれることだろうと思う。

日本人がはたらきすぎになったのは、明治以降だと言われている。ものの本によれば、1930年頃ということである。いまや世界に認識された「勤勉な日本人」というモデルは、歴史としては浅いのである。

私も、日本人以外の大多数の人間がそうであるように、怠け者で、努力をしたがらない人間である。少なくとも、賃金労働に熱意を抱かないタイプである。だから、この世はどうにも生きづらい。

私は怠け者だが、人間とは怠け者であるべきである。十分に食料があり、安全が確保されれば、動物たちはどうなるか。怠惰の極みを尽くすはずである。それが動物の自然な姿というものだ。

われわれは日々、つねに鞭を打たれているのである。ほとんどの人はそれに気づかないが……。

私に鞭を打つのはいったい何者なのか、それを私は考えている。それは直接的には私の同僚であり、上司なのだろうが、もっとその根っこを探りたいと考えている。

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