4.28.2016

心身症患者の記録

休憩もなしに、十時間働いた頃に、突然息苦しくなり、手足がしびれ、座っていられなくなった。私は普段から血糖値が低いので、低血糖かと思って、常備しているブドウ糖を口に含んだが、改善されず。今度は低酸素症状かと思い、呼吸をゆっくり深くするよう努めると、徐々にしびれはおさまり、落ち着いた。

ただ以前より左胸に胸痛があったので、気胸かと思い(肺のパンク――痩せ型で、長身の若い男性に頻繁に見られる)、翌日総合病院を受診した。心電図とX線をとられ、長い時間待たされたが、結論は以下のものだった。

すなわち、心因性のものだろうということである。

心電図、X線(気胸はX線で一発でわかる)、血圧、脈拍、動脈血酸素飽和度、心音、呼吸音、すべて異常なし。医師のアセスメントは、軽度の鬱病と、神経症。神経症のなかでも、心臓神経症とパニック発作のことであった。心臓神経症は、心臓が何かしらの異常を起こしているのではないかと思い込み、実際に発作的症状を起こす(たとえば呼吸困難、喘鳴、胸痛、嘔吐など)神経症である。

内科と循環器科を受診して、結局メンタルイルネスだというのだから何だか悔しい。本来は安心すべきだろうが……自己診断では確実に気胸だと思い込んでいた(この心的傾向こそ病理的なのだろうが)。その証拠に、即日入院に備えて、ノートPCと、本を五冊、その他アメニティをバッグに詰めこんできたのだ。これは結局意味がなかった。

「たしかに、気胸の典型とも言える体型をしているが」――循環器の小汚い医師に言われた。「煙草はやめなよ」と。ただ私は気胸ではないので煙草を吸い続けるだろう。気胸は何度も繰り返す疾患であるから、たとえ手術で完治しても、喫煙は厳禁である。私は多少なりとも煙草のもつ精神的効果を認めている(集中力とか、精神安定というのではなく、もっと創造的な領域において)ので、たばこを辞めようという気がないのである。

内科の有能そうな医師に、確認してみた。「過労やストレスが原因ということもあるか」と、「私は専門ではないからわからないが、そういうことは多い」医師は電子カルテを書きながら言った。「しかし内因性のこともある。内因性であれば、特にストレスのない環境でもなりうる。ようは一次性か、二次性かということだ」。

まあ、私はもともと神経症であるから、自分がパニック障害だとか、心臓神経症と言われても返す言葉がない。そういえば、インドで大麻を吸ったときに、調子に乗って吸いすぎたせいか、心臓の発作に見舞われたことがあった。自分の脈拍がどんどんと速くなり、また心臓音が大きくなり、私は恐怖した。どうしようもないので、「大丈夫だ、大丈夫だ」と自分を落ち着かせるしかなかった。

結局、気づいたら寝てしまい、同じ安宿のベッドの上で目覚めたが、少しの酩酊感が残っているだけで、心拍は正常だった。いまおもえば、あれは完全にパニック発作であった。

私は心臓に対する原理的な恐怖を持っているらしい。この心臓の鼓動は、私が有限な動物である証明であり、この音が尽きるときには、私の生命が尽きるときである。そのような考えから、私は心音に対して脅えてしまうようだ。一種のタナトフォビアとも言える。

内科の医師からは少しばかりの抗不安薬を処方された。これで良くならなければ、心療内科、精神科を受診するようにと。たぶん飲まないだろう。睡眠薬代わりに飲むことにする。

今日は結局仕事を休んだのだが、「私は過労でパニック障害になったから、休む」とは言えず、「軽度の気胸だったが、自然治癒が見込めるとのことだから、安静にするようDrに言われた」というような嘘の報告をして、休むことにした。これで職場がどうなろうと私の知ったことではない。

結局、休まなければこの手の発作は治らないだろう。過労とストレスが原因であることは明白である。もちろん、内科医が言ったように一元的要因もあるだろう。それは私が神経症的なスキゾであるということである。

しかし、私がパニック障害になったのは、私が悪いのだろうか?極度に過敏であるということは言えるだろう。感じやすい、鋭敏な精神。それを生得的に持つということは、「悪」なのか。また、「病的」なのか。そもそも、私は何に対して鋭敏なのか。物理的刺激、精神的ストレスはもちろんそうである。しかし私の精神は、なにを感じとるために伸長したのか?私の精神は、なぜ小さな石ころに躓き、樹木の美しさに涙を流すようにできているのか?それはなんのためにか?

ということを考えると、長くなりそうなのでやめてしまおう。暇ができたので、本でも読もうと思う。そういえば、大野正和 の「まなざしに管理される職場」がとても残念な本だったので、批評の練習がてら、書評してみようと思う。私よりもはるかに哲学に精通するはずの学者が、私以下の認識を持っているということは、興味深い事実である。ちなみに、まだ退職届は出せていない。

4 件のコメント:

  1. 今は職場のことなんか一ミリも考える必要ないのですよ。
    昔、心臓の鼓動は私にも恐怖でした。心室性期外収縮という単なる不整脈の診断をされてから、次の鼓動で止まるのではないかという恐怖で授業を早退したり、眠りにつけなかったり、電車の中でパニックになったり大変でした 笑 心臓が不規則に動くなら、、とせめて呼吸を規則的にしようとします。まずいなと思ったら意識的に呼吸します。吸うことより、吐くことに意識を集中させます。私の場合パニックはおさまります。呼吸は大事ですね。
    エネルギーっていうのは本当に自然に泉のように湧いてきます。心の健康というのはそういう状態のことなのかなと思いますが、果たしてそういうバランスがとれた状態を無理して目指すことも無いと思います。
    たまにこう思うんです。精神疾患を煩っている人は、もしかしたら無意識のレベルであえてその状態にとどまろうとしているのではないかと。無意識のレベルでバランスをとろうとしていないのではないかと。人間の歴史を発展させてきた偉人はほとんど精神疾患を患ってます。でも、この精神疾患という言葉、自分は常人だと思っている人によるカテゴライズでしかない。若干もしくはすごく不安定だが、生きている。十分じゃないかと思います。バランスは取りたければとればいいし、取りたくなければとらなくてもいい。どんな人生が自分の好みか。選択すればいいのだと思います。 s.k

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  2. 資金もあるので、好きなことをするのが1番心にいいと思います。歌聴くのもお勧めです。私は、粉雪の歌詞に今頃ですが、共感して泣いたり,歌ったりしています。(気づくの遅すぎるし・・笑・・)

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  3. 自律神経失調症についても調べてみるといいと思います。自分の特性を良く知り、対処していけば大丈夫です。今の会社を辞めた後も、適度な仕事や人との関わりは重要です。一人で考える時間を増やさない為にも。

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  4. カフカの流刑地にてで検索してたどり着いた者です。

    論理的にとことん考える方とお見受けしました。

    唐突ですが、座禅とかご興味ありますか?瞑想とか?

    所詮人間の考える事など、限られた小さな事だと思います。
    なぜ生まれたのか?命とは何か?そんな根源的な事さえ、人間の思考によっては結局わからない。
    それを知りたくてやっているのですが。
    釈迦のように、ポーンとそこまで突き抜けてみたくて。

    ご興味あるかわかりませんが、私も考えすぎるたちだったので、そこで救われなかったので。

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