5.08.2016

ZAAAC

今後のなりゆきを考えているがどうすればよいのかわからない。とりあえず退職届を出すのを控えている。来週に異動になるかもしれないことがわかり、そうすれば少しはましな環境になるからである。しかし私がサイコパスな経営者夫妻のために働くということが耐えられないので、もうしばらくで辞めることには変わりない。ただ、環境の変化が楽しみというだけである。

知人の女性と酒を飲みにいったが、途中からテーブルの下で足をあててくるので閉口した。これが性的な合図ということはわかるのだがそんな気持ちはなかった。とにかく疲れているし、性交よりも酒が飲みたかったからだ。性交自体が疲れるし、恥をさらすかもしれないし、そこにいたるまでの数々の取引も、めんどうだと思った。

しかし、この性交に対するあきらめや絶望のような気分はなんなのか、と自分で驚いた。性交するくらいなら家で寝ていたいという心理は、私が年をとったということか。

まあ枯れてしまったとしてもいいだろう。私にはもっとすべきことがあるという気がする。悪に対する研究は、没頭するに値する。真に哲学的な問題という気がする。それはあらゆる英知を集結して解決すべき問題である。この難問に、だれも立ち向かわなかったというのは、不思議なことである。

おそらく、大仕事で、手をつけたら切りがないからだろうと思う。科学とか、キリスト教とか、西洋思想のような、われわれの根本的なイデオロギーを否定することになる。そのような仕事は、ふつうの専門家であるところの学者には手に負えないだろう。

ニーチェはこの仕事にあたった第一人者と言える。彼がキリスト教は奴隷道徳だ、というとき、超人思想を説くとき、彼が「悪」を見て取っていたことがわかる。悪がいかにわれわれを支配しているか、隷従を強いているか、それを批判したのがニーチェであった。

……いやこれは私の考えすぎかもしれない。しかし、この悪の発見が世間に広まれば、ニーチェの言う「あらゆる価値の転倒」が達成されるだろうと私はにらんでいる。単なるキリスト教批判とか、集団心理批判とか、そういう枝葉の問題ではない。ソクラテス以降2000年以上人類を支配していた固定的価値観が、粉砕されるのである。つまるところ、ニーチェの思想がようやく世間に認められるときには、そういったことが起きるのである。

まあ上に述べたようなことが狂気的に見えることは自覚している。一種の誇大妄想と言えなくもない。そうだけどもひとつのテーマを研究したいという気持ちが私を鼓舞するのであり、これはなかなか楽しいことである。

1 件のコメント:

  1. あなたは第六感が鋭いようなので、自分の感じるまに動けばいい。性交に関しても、相応しい相手には身体が反応すると思う。枯れてはいないよ(笑)
    研究は本当に楽しい!人にどう見られようが、存分に楽しんでほしい。

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