6.21.2016

リクルート

冷たいような、暗いような気分である。また抑鬱のような症状、ひとを信じられないような気分。世界が私を笑っているかのようである。

最近は知的な営みをしていない。読書もそんなにしていない。孤独の時間が私のなかから消えた。一点に集中するような時間もなくなった。何が悪く、何が善いかと騒ぎ立てることもない。ただ私は、「炎症」にかかった気分だ。なるほど鬱病が炎症疾患であるという発想は正しいように思われる。炎症は生理学的には外的な攻撃から身を守るような反応であるが、より広義には身体が騒ぎ立つような気分だ。つまりある不愉快感、寄る辺のなさ、落ち着きのなさ、ぼんやりとした熱感と、凍える冷たさ、焦燥感と無力感――つまり端的には、「不統一感」を指す。

ここでまあ西田流の禅哲学には云々というくだりを書いて権威づけしても良いのだがそんな気力もなく、ただそんなものだろうという気分しかない。文章とか、書くことについて、そんなに熱意が沸かない。まあこんなものだろうという気分。

このあいだはある会社の幹部と話をしてきた。私をリクルートしようという人間であり、未婚の中年女性である。彼女とある程度うちとけたので、話をした。彼女は大学を卒業してしばらくは、親の事業を継ぎ、あるホテルの経営者だったのだという。そうして、そのホテルは10億程度で売却して、店じまいし、今の会社で勤めているのだという。当然、金持ちだ。家柄も名家ということである。こういう人間もいるのだなと感じる。芸能人とか、テレビ局の役員とか、会社経営者とか、だれでも知っているような人間と懇意だ。よく言う、「上級国民」という奴だ。

彼女は私の転職を、「全力でサポートする」のだという。彼女は私のなにが気に入ったのかわからない。私は、あまり彼女が好きではない。すこしの歪さを感じるからだ。人格を素直に受け入れられない。地方の一会社員である身分だから、少し下に見られている気がする。

器用な人間であれば、このようなひとに対して、うまく取りいることができるのだろう。ただ、私はもうずっと反権威主義であり、ただしマルキストのように反発するわけでもないのだが、なんとなく権威的なものをバカバカしいと思うようになっているので、そういう冷たさ、素っ気なさが、逆に彼女の気を引くのかもしれない。

あるいは彼女は少しオカルトに没頭している節があり、ある高僧とも懇意だというから、その住職になにか吹き込まれたのかもしれないと思っている。それか、彼女自身の霊感か?まあおそらく社長会長あたりに適当な人材を探してこい、と言われているだけなのだろうが。

だれかの世話になること、だれかと深い関係を築くこと、これが私は嫌いである。ひとの上に立つことも、ひとの下で働くことも嫌だ。これは私の潔癖である。立身出世というなら、これはチャンスと言えるだろう。金銭的な苦労からの解放も望めるのだろう。まあ、話をつけるにしても、蹴るにしても、どちらでも悪くないように思われる。失敗も成功も、同一ということだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿