6.07.2016

チンパンジーのコンゴは、二匹のメスが与えられたら、絵を描かなくなってしまった。(「創造のダイナミクス」アンソニー・ストー)
なんだか自分のしてきたことが全部バカらしかったように思える。私は自分が特別優れている個人のように思えない。昔はそう思っていたけど、私がひとよりも有能であるとか、そういう風には考えなくなった。

そもそも「私個人」というものにあまり信頼を置かなくなった。「個人」という概念が、まずイデオロギーだ。個人という概念を認めるとき、自然とあるイデオロギーを承認していることと変わらなくなる。われわれは個人たりうるのか。集団から離れることが可能なのか。古代において、個人はなかった。自由という概念もなかっただろう。そうして、彼らは不幸だったのか?幸福だったのか?

ともあれ個人としての私を確認してみると、あまり優れているようには思えない。凡人である。私は歴史の表舞台に立つような人間ではない。なにかを受賞するような人間ではないし、偉い人になるような人間ではない。私の両手には相変わらず何もない。神経症という不遇な障害はあるが、それ以外何もないままおじさんと化している。

家庭への欲求。女性への欲求。女性のやわらかい腕のなかで眠りたいと思うことが多々。家庭を守るひとりの女性さえあれば生活がとても満足のゆくものになると思う。

会社の後輩(これを以降「S」と呼ぼう)がたびたび台所の水回りを掃除してくれるたびに私は思う。私はたしかにSのような女性を求めている。これは「個人」としての対象ではなく女性一般、アニマとして私は求めるのである。なにかを専心する男には生活を守るだれかが必要である。だらしのない凡夫でもやはり女は必要である。人間はひとりで生きていけるものではない。家庭を築くとは生物としてあたり前ではないのか?ひとり愛なく生きようというとき、私は一個の奇形になろうとしているのではないか。

私はずっと女性とうまくやっていけないものだと思っていた。しかしSとはとにかくウマが合うのである。何を言っても共感できる。高度な共感レベルでないと通じないような冗談も通じる。私は実際Sのおかげで、社交的になり、人間への信頼をとりもどした。

たぶんあちらは異性として私を見ていないだろう。私も彼女を肉感的に見ることはあまりない。恋人というよりずっと肉親に近いという気がする。恋愛はそもそもつねに病的であり、愛情からは遠い。愛情はドラマチックではないし、結婚もまたそうである。私はSと結婚できるならしたいと思っている。たぶん向こうに気はないだろうが。それにしても、彼女のもつ肉体のなかであたたかい眠りにつきたいと思うことはある。

ああ、こんなことばかり書いていて何になるのかわからない。だれが読むんだ。

文章で食っていこうという気持ちはない。もしほんとうにそう思うのであれば、もっと早く行動しているだろう。私は小説家だの文筆家になることは、あまり優れたことではないように思う。さまざまな本に失望してしまった。科学や哲学、文学……。私には宗教や呪術がずっと興味がある。宗教や呪術はもっとも語らずそしてもっとも語っている。科学と呪術どちらが真理なのか。そも科学こそ呪術のひとつではないか。

世界を単純化してみたい。世界とゼロ距離にありたい。それが梵我一如ということなのだろう。私は世界から突き放されているひとをみる。そういう人からすれば、私はずいぶんましな生活をしていると感じる。世界から突き放されている人――智慧のない人、思慮の浅い人、目の見えない人、自分を傷つける人。まあ私はその点では、ずいぶんよくなったと思える。私の生活はよくなっていると思う。それはSのおかげでもあるし、私の身につけた知識によるものでもあるのだろう。

これまでの私は、あまりにも暗い茨の道にあった。ただ最近は、ずいぶん明るく、広く、気持ちがよい気分である。

「しかし治療法はありますよ。われとなんじとのあいだには橋がないというのは、また各人みな孤独で理解されずに歩いているというのは、妄想ですよ。その反対に、人びとが共通に持っているものは、各個人が各個に持っており他人と自己を区別する標準とするところのものより、はるかに多くかつ重大なのです。」
……
「じゃ、やってごらんなさいよ!本を読んだり、理論をひねくったりしてはいけない。……自分自身のことより、ほかの人のことをよけい考えるように、しばらく修業してみなさい!それが、なおるための唯一の道です」
「自分の幸福に対しある程度無関心にならなくてはいけない。自分なんかなんだ、と考えることを学ばなければいけない。それに役立つ手段がただひとつある。きみは、自分の幸福より相手の人の幸福が重大だというほどに、だれかある人を愛する修業をしなければならない。といって、恋をせよというのじゃありませんよ!そりゃ正反対です」
......
「まず自分のほうからほかの人びとを理解し、喜ばし、正しく遇するように試みなければなりません」(「春の嵐」ヘルマン・ヘッセ)

2 件のコメント:

  1. なるようになるさ。応援してます!

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  2. そんな感情を抱ける人と出会えることがどれほど希有なことか、、離しちゃだめです。
    彼女と旅ができたらいいですね。

    考えれば考えるほど人を愛する以上に芸術的なものはないという気がする
    大好きなゴッホの言葉です
    s.k

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