6.02.2016

chinomigo

最近なにも書かずに過ごしていた。正確には、書くことには書くのだが、公開できる内容ではないので書いては消してしまっていた。読書もやめていた。そうして、何も書かず、何も表現しないで過ごしていたら、またひどい神経症になってきた。

あなたの孤独のなかへいきなさい――という声が聞こえるのだが、今は居心地のよい母乳の海に沈みたいという気もする。この辺は「ナルチスとゴルトムント」的な葛藤というべきか。広く言えば、大地か天かということなのだ。ぜんたい天と地が分かれているということが、われわれの第一の不幸なのである。

最近の私は女性に救われている。女性の本当の味を知ったという気がする。尽くことのない愛情!私を見つめるのは、彼女たちの眼なのである。だから私は今、ゴルトムントの気持ちもわかる。――人間の半分は女性であるということは、尋常なことではない。

私は、女性の意のままに動かされている。さまざまな思想や宗教が、女性を無視・軽視していることは不思議なことだ。女性の知は軽視されている。女の知は最近、「フェミニズム」という逆立ちした思想によってさらにこっぴどく引き裂かれた。しかしロゴスがカオスの海に浮く小舟であるように、男もまた母乳の上に浮かぶ存在なのである。

私は愛情を当たり前のものとして引き受ける。水が低みを目指すように、自然に愛情が降りそそぐ。私は戦士のような強靭さを持っているかもしれないし、また哲人のような知恵を持っているかもしれないが、男は変わらず陰であり、女性はやはり太陽であるのだろう。

――というような、倒錯したような文章ばかり書いているので、これらを公開する前に首をかしげて、削除してしまうということが今までの大半だった。まあ私にも恥じらいの感情があるのである。オナニーがどうとか書くことはできても、孤独を否定すること、過去の自閉的な自己を反省すること、これはすこし気恥ずかしい。

最近の私はまともになったと言われる。「初めて会ったときは、なんだこいつは、無口だ、と思ったが、今はふつうの男の子に見える」と40代の女性社員が言っていた。就職して、社会経験を経て私は変わったのだろうか。

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