7.24.2016

Zacking

所用で実家まで帰ったのだが新幹線に乗っていくことにした。

ほんとうはバイクで行こうと思っていた。というのも、現在手元に三台のバイクがあり、もし旅に向けて身辺整理をするとなると、これがもっともかさばる「荷物」になるはずだからである。一台でも実家のガレージに格納しておきたかった。だが体調優れず不眠気味だったので断念した。片道500km、10時間以上はかかる見込みなのでコンディションは大事だ。

それで新幹線でKindleを読みふけった。

フーコーを久しぶりに読んだらさっぱり理解できなかった。

それで病理学者である梶田昭の「医学の歴史」を読んだ。私は医学は一個の秘教であると考えているから、その系譜が古代ギリシャから網羅できたのはよい経験だった。また医学は政治的な影響力もバカにならない。アメリカは製薬企業のロビー活動が盛んだというが日本では医師会が堂々と圧力をかけている。そういった角度から本書を読んでも楽しめると思う。とくに明治政府がドイツ医学を採択するあたりがおもしろい。

また石川啄木も読んだがこれはあまりおもしろくなかった。結局はこれも「近代的産物」であり、この類の本は飽き飽きしている。日本に「個人主義」「民主主義」といったイデオロギーを広める装置のひとつであり夏目漱石だの太宰治のような連中と同列だ。私は悲しい、涙が出る、孤独だ、死にたい、そういう記述に終始している。そういう直截な感情をセンスなく乗っけたのが近代文学の特徴である。内容としてつまらないのだが「時代精神」に則っていたから高く評価されている。権威とはつねにそういうものである。たとえばカントを昨今の学生ですらありがたがって読むのはまだ権威的存在だからである。

それであとは何を読んだのだったかな。「世界システム論」に関する本をまた読んでいる。これがないと現今の社会事情がまったくつかめなくなる。それとあとはモースの有名な「譲与論」を読んでいる。これもさっぱりつまらなくて何がよいのかわからない。

実家に帰ってすぐ酒を飲んだので本を読む気になれず漫画を読んだ。私はうすた京介というギャグ漫画家が好きでその漫画ばかり読んでいる。「すごいよマサルさん」が代表作である。10年くらい前に買った漫画だがギャグのキレが良く笑いながら読んだ。

私のいとこはあいかわらず商事で働いており海外から帰国し銀座の家賃20万円のところで暮らしているらしい。もちろん会社負担だ。そうして年収はとりあえず1000万円は超えているという。たぶん1500万円くらいはいっていると思う。いとこは私のひとつ上の年齢だ。女がそれほど稼いでどうするのかという気はするが、私もあやかりたいものである。

私も金を稼ぎたいと思ってあれこれ呻吟する時期があった、大物になりたいというか出世したいというような感情を持つことがあった。それでおそらく私は自分に商才があると思った。経済について勉強すればそれなりに稼げるだろうという確信があった。それで一時期は年収2000万円を目標にしていた。

ただまあ金を稼ぐ前にもっとも効率的な投資はなにかと自分に問うた。そうしたら、知識をたくわえることだということで結論した。そういうわけなのでそろばんを弾く前に読書を続けていたらもう30手前になってしまった。

社会的人格は30歳までが一区切りなのだという。この意味は30歳までにある程度性向が決まってしまう。それからはひとの性向はめったに変わらず固定されてしまうのである。三十路でのらくらしている男は60までのらくらと。出世してゆくひとは上り調子といった具合だ。

この感覚は私にもわかるように思う、26歳くらいのときから自分が何にでもなれる卵のような存在ではないことを知った。私はもう半固形であり動かしようがなくなるような感覚に襲われたのである。ただまあこれは不安定な青年期を脱したということであり、あんがい心地よいものである。自分が何者であるべきかと悩む時間はほんとうに苦しいものだから。

それで私はもう金を稼ごうという気は起きないだろうと思った。それよりも知を蓄えることに尽きるだろうと思った。そういえば、電車のなかで「イワンのばか」も読んだのだった。これはトルストイがどういう意図をもって書いたのかさっぱりわからなかったが、権威や富に無頓着なイワンはまあまあ良い人格のように思えた。

私が教養を身につけてよかったと思うのは、上の商社勤めのいとこに対しあまり劣等感を感じないことである。教養とは、人類にひろく普遍的な性質を教えてくれるものらしい。金があっても不幸な人はあるし、その逆も然り。別にいとこが不幸ということはないだろうし、尊敬しているが、人として生きる以上私と同列であるという感覚がある。知識を得たことによって、私はほとんど、ひとを妬むということがなくなった。

私は結局知に生きるしかないということである。ある意味でありがたいことである。ラジャスよりはサットヴァの気質ということである。私は知において安寧を見出す。

それにしても、Sのことが頭から離れないので困っている。私はSと、ときどき結婚の話をする。しても良いと思うけど、とりあえずは拒絶のフリをしている。私が結婚などとは大それているようにも感じる。まあ結局は、なるようにしかならない。どれほどのことがあっても、Sは私を裏切らない友人である。その意味ではこのうえなく貴重な財産である。

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