8.11.2016

職場のジコアイさん3

昨日も職場のジコアイさんを泣かせてしまったのだが、それというのも私が無視したりつらくあたったりするからであった。

私はできることならこの女と可能な限りの距離をとりたいと思っている。近づけば近づくほど、ろくなことがないことは明白である。この部署では働きたくないと経営者にも伝えてあるが、上はバカなので現状把握ができていない。あまつさえ私を未熟だの怠慢だの責めてくる。それだから私はこの周囲に危害を与えるしかない存在と、向き合わなければならない。

現状把握といえばジコアイさんは現実把握がとことん苦手であるらしい。なににつけても「私は正しい」「私は悪くない」と主張するのみである。だから私が攻撃的な態度をとると、「何も悪くないのに不当な扱いを受ける私は、かわいそうだ」と泣き出してしまう。

そうではない。私はジコアイの攻撃や侮辱に憤っているのである。こういう人間は、無口な人間とか、内向的な人間に対し、過度の攻撃性を見せる。孤独な人間は周囲に助けを求めることがないから、攻撃しやすいということもあるが、だいいちにジコアイというのは、自分と向き合うことを放棄した人間であるから、孤独に生きていける人間に対し、嫉妬心のようなものを抱くようにできているらしい。もちろんこれは無自覚なのだが。それで自分にとって都合の悪い問題は消滅させようという彼らの子供じみた衝動が、他者への攻撃へつながる。

この幼児的な衝動は人格全体の特徴をしめしており、自分のミスを棚にあげ他者のミスを徹底的に糾弾するとか、他者の能力的優越とか社会的優越から目を逸らすといった態度に一貫してあらわれている。目を逸らすというか、彼らの脳内で根本的に「欠落」してしまっているのだ。だから彼らとの会話は、要領がつかめなくなる。対話不可能性、意志疎通ができているようでできていないということも彼らの特徴である。

それで私はジコアイさんのあまりの未熟さに憤るし、その攻撃によるストレスにも憤るので、ときに会社の備品などをこっそり破壊したり、仕事中抜け出して煙草を吹かしたりといった精神衛生の保護を図らなければならない(「物へあたる」のはふつう良くないこととされているが、攻撃衝動を発散させるのに極めて効果的である)。

なにせ彼らは「自分が悪い」ということをかたくなに認めようとしないので、性質が悪いのである。現状認識を意図的に歪め、反省するということがない。ただし彼らは、サイコパスのように倫理感覚が欠損してしまっているわけではない。彼らも根本的には自分の存在に対してつねに不全感を抱いている。それゆえに他者の承認というのが彼らが生きていくうえで必要不可欠なのである。彼らは承認を求めるために奔走し、ときに社会的成功を実現することもある。まだ自己への不信感や罪悪感を無意識的にでも抱いているだけ、サイコパスより改善の余地はある。

彼らはつねに内心の自己不全感に脅えているがゆえに、私が「あなたのような人間には一切関わりを持たずに生きていきたい」というような、冷酷な態度(というか自然な感情)を表に出すと、ジコアイさんのような人は泣き出してしまうのである。私もやりすぎたかな、と思うくらいの泣きようである。そうして彼女は職場を抜けだし、だれかに電話をかける(たぶん会社の世話役的な人間)。そうしてさんざん泣いて、自分が正しいこと(私が悪いこと)を他者に承認してもらった次には、また「有能で非の打ちどころのない社員」を演じるのである。

この類に人間に欠落していることは、孤独を知るということだろう。精神的な成長には、「独りでいられる能力」というのが不可欠である(ウィニコット)。自己愛性人格障害とは、おそらく親離れができていないのだと思われる。彼らのこころは、三日月のようになっている。だから欠けた部分を埋めるために、他者の承認とか、他者との和合をつねに求めているのだろう。精神的に成熟するということは、満月のように円形になることである。円形にまで成熟すれば、ひとりであって安定し、他者に対しても調和的である。

ジコアイさんが「満月形」にまで成長するのが、いつになるのかわからない。これはほんとうに、「悟り」のようなプロセスが必要であり、たとえば座禅のような、内的観照と向き合うことが必要なのだが……そんなことは強制することはできないし、職場の同僚というだけの人間に対し世話を焼くことはできない。本来それは両親や学校の仕事である。またもっと言えば、彼女自身の仕事なのである。

まあそういうわけで昨日もいちだん疲れたというわけだ。私は他人を攻撃したくはないのだが、しかたがない。

哺乳類の攻撃反応は共通している。自己に危害を加えるような存在が十分に遠いときには、身体を緊張させ固くなる。それほど遠くないときには、走って逃げ去る。距離があまりに近いときには、攻撃する。この攻撃反応は、あまり力関係が考慮されない。ゆえに窮鼠猫を噛むということがよくある。

身丈ほど繁った林で熊に出くわすと危険だとよく言うけど、それは熊の攻撃領域に入ってしまうからである。見晴らしのよいところであれば、上記のような反応を示すため、熊による事故はあんがい少ない。

それで私も職場という密接な関係が要求される環境だから、攻撃反応を起こしているということになる。もうなんだか、私はひとりで山小屋で暮らしたいような気分である。

昨日は仕事を終えたあとに、Sと遊びにいった。Sと一緒にいると、とてもほっとする。精神的に成熟している人間とは、波長が合い、リラックスする。「一緒にいるとドキドキする」というような関係は、けっしてうまくいかない。心臓を鎮静させ、副交感神経を刺激するような間柄こそ、持続する関係といえる。


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