8.16.2016

静かにいく者

開業医の妻である知人の家にあがったのだがやはり金銭的成功は良いものだと思われた、建物は広く天上高くがっしりとしており、応接間はアンティーク家具で揃えられ、いたるところ油絵が飾られており、本棚には分厚い洋書が並んでいた。全体としてフランス趣味だったが下品なところがなく外国のアッパークラスの家のようだった。輸入物のカップで紅茶をいただいた。庭にはきれいにかり揃えられた芝生がありとくに何をするというわけでもなさそうな広大な庭にカーポートがぽつんとあり、そこには当然のように高級外車が鎮座していた。

こういう生活をするのに金がいくら必要なのかわからないが開業医なのだから年に数千万円は儲けているのだろう、医師家系だというから一族に相当な資産もあるのだろう、金というものはあったらあるだけ良いものだな、と思う。「貧乏は褒められるものではない」と言う人がある。それで私も金を稼げるよういろいろと努力をしてみようと思った。

ただまあ目下で計画立てているのは金儲けではなく、海外バイク旅行なのだけど何も進展のないまま日々を過ごしている。どうやらSは半年間都会に出たあとは4月に戻ってくるようなことを言っているのであり、それまでこの田舎にいてほしいと言っているようだ。そうなると旅の資金は500万円くらいにはなるのだろう、ここまで金を貯められれば金に困るということはほぼないだろうと思う、3年くらいは旅に出られるのかもしれない。

折よく円高傾向にあり1ドル=100円くらいになってきた。アメリカでバイクを買ってカナダへ北上したのちアフリカまで南下。そのあとは、とくに考えていない。それで旅のメインは読書にあてたいと思っているから、雨が降りそうな日は休息がてら一日読書。Kindle paperwriteを買ってみたが、やはり紙の本の方がずっと読みやすい。もう少しどうにかならないものか。

ここ最近はまったく弛緩しきったような日々だ、思索的に深まるということはないしなにか新しいことに興奮することもない、安寧といえば安寧だが頭がぼんやりして物事を考える気力が失せている。

西郷隆盛いわく「道に志す者は偉業を貴ばぬもの也」とある。善悪の感覚持ち合わせた人間は大物になろうとかそういう野心を抱かないものだ。私も西郷の気持ちがわかるという気がする。

それでこういう感覚を抱いた人間はネット上ではあまりいないように思われる。厭世的というか浮世を離れて生きていく、自分を可能な限り小さくしてひっそりと生活していく、そういうものに私はだんだんあこがれを抱くようになってきた。
われわれが先に述べたように、あらゆる時代に、そしてあらゆる国において、完全な形而上学的認識に到達し得た人々がいたことを原理的に否定する理由は全くないからである。……そのような例外がもし存在したとしても、文書的な証拠は何も存在しておらず、彼らは一般的に知られているような痕跡を残していない。それは否定的な意味での証拠となるわけではないし、驚くべきことでもない。(ルネ・ゲノン)
「静かに行く人は、遠くまで行く」と某実業家が言っていたが、 まったくだれにも気づかれないまま悟りのような境地に辿りつくひとがあるとすれば、それは興味深い事実だと思う。考えてみると上の開業医のような人間も、ふつうは知ることのない世界であり、知の世界も、富の世界も、つきつめると秘密と隠遁の領域なのかもしれない。

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