8.21.2016

アルコール依存への訣別

この二年間アルコール依存気味であり、毎日酒を飲んでいた。就職して一か月ほどは、酒を飲まない日があったものの、それが過ぎたら酒を飲まない日はないというようになった。

酒量はというと、基本的にはビールを1リットル飲んでいた。それで飲み足りないと、ワインを半分とか、ウィスキーを一杯とか、缶チューハイを一本とか、そういう飲み方をしていた。この酒量は客観的に評価すると、中軽度のアルコール依存者の量になるのではないかと思う。周りの人に普段これだけ飲んでいるというと、驚かれることが多かった。それでも私は節度をもって酒を飲んでいると思っていた。吐いたり、記憶を失ったり、転んで怪我したり、ということはなかった。せいぜい翌朝、すこし頭痛がするとか、眠りが浅くなったりというくらい。

酒との付き合いは中学生の頃から始まる。そのときは味の良さもわからなかったが、高校のときから日常的に酒を飲み始め、高校卒業くらいになるとすでに常飲していた。酒量はビールを1リットル。その習慣は大学もずっと続いた。ただ金がなかったので、チューハイや安焼酎など質の悪い酒を飲んでいた。

両親はふたりとも常飲者だった。依存症というほどではなかったと思うがかなりの酒好きで、毎晩飲酒していた。両親の赤らんだ顔と酒臭い吐息を私は思い出す。祖父も酒好きであり、唯一祖母は飲まなかった。

そんな家庭だっただけあり私は「仕事終わりの酒」の習慣のない家庭が信じられなかった。テレビでは酒のCMがやっているし、コンビニやスーパー、至る所で酒は売られていた。大学生はみな酒を好むものだと思っていたから、私は同級生をしつこく飲みに誘い、閉口させた。まあ実際酒好きの大学生は多かったけど、常飲者はほとんどいなかったのではないかと思う。

田舎に就職したあとはこれといってすることはなく、大いに酒を楽しんだ。仕事が終わると、まずは冷えたビールを咽喉へ注ぎ込んだ。酒を飲んでしまえば、有意義な時間の過ごし方はできなくなる。本を読むこと。楽器の基礎的な練習に取り組むこと。掃除や支払いなどの雑用をすること。車を運転してどこかへ出かけること。だれか他人のことを考えること。将来のことを考えること。……結局、私は「先送り」したかったのかもしれない。無為の時間が怖かったのかもしれない。

何もすることがなくなったら、私は何をすればよいのか?

漠然とした不安が私を日常的に捉えた。酒さえ飲んでいれば脳味噌を麻痺させることができ、ネットのくだらないゲームや動画を痴愚のように楽しむことができた。それで私は内面的な要求から目を逸らし続けた。

今朝も書いたことだが、神経症の私の自己は分裂していた。仮面的な自己が本来の自己を抑圧し、それをないものとしていた。無為の時間、余暇の空白、そういった時間は、仮面的な自己にとって恐ろしかったのかもしれない。そういった時間は、本来の自己があらわれる危険がある。自由なときにこそ、人間の自然な欲求が沸いてくるのである。

本来の自己が望んでいたことは、生長なのではないかと思う。本来の自己の欲したはたらきはまさしくニーチェの「力への意志」だった。それは部屋掃除とか公共料金の支払い、知人との和解や楽器の練習、なんでもいい、とにかく人間的な前進を試みる意志だった。その意志は永続的に動き続け、人間の活動の根源であり、生そのものだった。その意志を、私は封殺し続けていた。

話が脱線したがとにかく私は無為を恐れ、そのために酒を飲み続けた。そのおかげで私の余暇の時間は暗く密度が薄かった。私は独りであることが不快ではなかったが、それはいくらでも酒で時間を殺すことができたからだった。私には友人はなく恋人もなく、それでよしとしていたし、あらゆる社会的な義務を放棄していた。私の学校の成績は悪いし、私の会社の勤務態度はよろしくない、税金や公共料金の支払いが滞っていた。それでも私は酒を飲んでいればそれらを忘れることができた。

Sと働いているとき、私が「疲れた」「眠たい」とよく口に出すのを聞きとがめ、「酒を辞めてみてはどうか」と注意したことがあった。他の要因もあったがそれがきっかけにかなりの大喧嘩となった。ただSの言うことも正しいだろうと思い、一日酒を飲まないことにした。その短い禁酒は、一年ぶりのことだった。喧嘩は結局Sが譲歩するという形でおさまった(やはりSは大人だ!)ので、私はまた酒を飲み続けた。

しかし仕事に対してまじめになれず、生活も荒廃しているのであれば私はやはり酒を飲みすぎていたのではないかと思う。Sの言うことは正しかった。私は神経症の偽りの病気に執着・依存したように、酒に依存していた。それも目の前の課題や仕事から目を逸らすためだった。

今は酒を辞めて二日目だが飲酒欲求はあるもののコーラやジンジャエールを飲んでごまかしている。とくに幻覚、震顫など禁断症状はなし。ただ食事をまったくとる気がおきず体重が落ちている。

生活をまともにする、前進する、人格を成熟させる、といったことが最近の目標であって、アルコール依存からの離脱はぜひとも必要なことであり、達成させたいと思っている。私は自分の依存的な精神を、改善しなければならない。

1 件のコメント:

  1.  偉い人、立派な肩書きがある人が人間的に健康的で良識がある人ばかりということはありません。仮面を被るというのは、ある人々にとっては本当にきついことで、酒でも飲まなければ心を安らげる暇がないと考えてもしょうがないでしょう。
     あなたは、神経症なのだから、尚更仮面を被るのは大変なはずです。自分のことしか考えられないのもとても辛く、自分を責めている。だから、その共感の不足分を知識や経験をもとに補いながら人間関係を何とか構築しようとしているのでしょう。それは、苦しいと思います。

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