9.04.2016

世界を救うおじさん

思うところあり東京へ行ってきた。旧い友人とかつて過ごした場所を巡ってきた。友人たちは、何にも変わっていなかった。相性が悪い友人は、そのまま相性が悪かった。一緒にいて落ち着く人も、そのまま。友人たちは、私も変わっていないと言う。そうだろうか?

思ったよりも、東京へのアクセスは簡単だった。宿泊も楽なものだった。カプセルホテルに泊まったのだけど、一泊3000円程度で快適に過ごせた。別段目的はないので、美術館などを巡っていた。

おもしろかったのは、ルネサンスを代表とするボッティチェリ展(美術館)と古代ギリシャ展(博物館)を同じ日に見たのだけど、そのコントラストが強烈だったことだ。古代ギリシャ――天真爛漫な海と太陽の文化、女の美しい裸体、男の力強い裸体、健康そのものの文明から、キリスト教が支配的になって10数世紀が経つと、血や殺戮や嘆きや病人がテーマとなってくる。私にはそのまま生の崇拝から死の崇拝への転落のように思われた。私はニーチェと同じく、ソクラテス以前のギリシャが好きだ。そういえば、ギリシャ展でいちばん最後に見た肖像は、無残にも顔の大部分を砕かれ、キリスト者によって額に十字が乱暴に刻まれたギリシャ人のものだった。象徴的な終わり方ではある。

あとは靖国神社の横にある遊就館という博物館にも行ってきたが、市丸利之助中将の「ルーズベルトニ与フル書」に深く感じ入った。
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狭量ナル。
この一文は重たい。

とくに買い物には興味がないので、博物館や美術館を回り、夜は友人と酒を飲む(禁酒は二週間でいったんリセットされた)という三日間であった。都市には最低のものも、最高のものもあった。田舎にはないものがあるとすれば、その両極か。紀元前6000年のギリシャの彫像とか、ボッティチェリのフレスコ画なんてこの田舎にはこない。また一方では、情欲を充たすような風俗店、飲食店、誘惑する若い男女もいない。

都市の雑踏を歩く、すれ違う人々の顔をのぞいてみると、みな、何かを間違えて、悔恨しているように思えてならなかった。私は、この大量に押しあいへしあいしている若者や、老人や、金持ちやフリーターたちが、すべて間違えているのではないかと錯覚に陥り、深く感じるところがあった。だれもかれも、罠にかかっているのだ。私は田舎で生きていきたい。都会は、たまにいけばよい。

渋谷の書店で、中村元の「真理のことば・感興のことば」という仏陀の本があったので買った。さいきん宗教的なことに関心があり、神秘学や仏教を調べているのだが女との関係をどうすればよいのかわからなくなる。私はSとできることなら結婚したいと思っているのだが、たいていの密教的な宗教では妻帯が禁じられている。仏教以前からの宗教をまとめた「沈黙の声」では、「世界の救済者になれ」と書いてある。妻帯すれば救世主にはなれないらしい。一方で、ヒンドゥー教ではとりあえず家族をつくって一人前に育て上げてから隠遁生活をせよとある。まあヒンドゥー教は少し現実的だ。

東京にいる間も、Sのことばかり考えていた。古代ギリシャのニンフやアルテミスの像を見てはSを思い出し、精密な装飾のはいった金のネックレスを見ては、Sに似合うのではないかと思い、まあ憔悴するような執着心ではないのだけど、ささやかな恋慕と愛情が持続している。

自分が世界の救済者になろうなどと考えるとおこがましいのだが、とりあえず神経症の状態がいったんクリアになったから、自己を高められるよう努力しようと思っている。そのために、禁酒、禁煙、節度のある食事(食肉の禁止)、あとはネットで見るサイトも制限することにした(2ちゃんねるとか、その類は読まない)。まあ昨日のように友人と飲酒することはあるのだが、そういう機会は自分に許すことにしている。上記に加えて禁欲もしているのだが、これはいつまで続くかな。下の言葉が私には励みである。
情欲は、満たすことによって消せると信じるな。これは悪魔の謀略である。欲を満たせば悪はますます盛んとなり、その悪は花の芯を喰う虫のように大きく強くなる。(「沈黙の声」)

1 件のコメント:

  1. >すべて間違えているのではないかと錯覚に陥り
    のくだりが面白くて、笑わせてもらいました(笑)

    さて、また余計なお世話ですが、Sさんとは結婚できると思います。
    あなたが覚悟を決めさえすれば!

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