10.22.2016

カフェイン断ちに励むおじさん

ここのところカフェインフリーの生活をしている。

平均的な私の一日は、こうだった。朝食後に一杯のコーヒー。仕事中、眠たければエナジードリンク。昼休み、仮眠をとってから一杯のコーヒー。夕方、やっかいな仕事が残っていればコーヒー。仕事終わり、読書前にコーヒー。

というわけで、一日最大で四杯のコーヒー+エナジードリンクを飲んでいた。冷静に考えると、かなり量は多かったようである。だいたい300mg~500mgの量かな。

カフェインについて特にネガティブ・イメージがなかったため、抵抗なく摂取を続けていた。カフェインは中高生ぐらいの時期から飲み始めた。受験の時期は、ジョッキのようなマグカップでコーヒーを飲みつづけるなどバカげたことをしていた。

ただ、冷静に考えてみると、不安感を増強するカフェインが、神経症の私にとって毒にならないはずはない。はずはないのだが、コーヒーを飲まなければやる気が出ないし、あのコーヒーを飲んでから課題に取り組むときの集中力、万能感や陶酔感に完全に魅了されていた(こう書くとアッパー系のドラッグのようだな)。

それでたぶん十数年、毎日せっせとコーヒーを飲んでいた。特に事情がない限り、毎日コーヒーを飲んでいたと思う。というのも、飲まない日があると焦燥感に襲われるからである。なんだか具合が悪い、そういえばコーヒーを飲んでいなかった。そうして、コーヒーを啜ると、神経が鋭敏になり、脳が覚醒していくような感覚になった。身体が軽くなって、頭のなかでいろんなアイデアがくっついていく感じ。今考えると、この恍惚とした感じは、ほんとうにドラッグそのものだと思う。このブログの記事も、何百もあるけれど、99%はコーヒーとともに書いたものである。残りは、アルコールかな。だから少し、ラリったような記事がある。

それで、ポテチ依存、白糖依存を断とうとした次に、カフェインを断とうと考えた。

ただ、このカフェイン断ちが、あんがいつらいもので……。カフェインを断って二十四時間くらいから、前頭部に鈍痛。頭痛があるとは聞いていたから、すぐ治まると思っていた。

それで、咳や熱も出てきたから、不思議に思っていたら、風邪を引いてしまったようだった。体温は38℃を超える。のどのひどい痛み、寒気、そして頭痛。たぶん風邪と、カフェイン断ちが合わさって、かつてない頭痛の苦しみだった。

この風邪に数日間、苦しめられた。いまは熱が下がっているが、37℃付近の微熱であり、咽頭炎と頭痛が続いている。

酒を辞める離脱症状はほとんどなかったが、カフェイン断ちの方がきついとは思わなかった。まあ、たまたま風邪という要素が絡んだせいかもしれないが。

身体がある変化にさらされるとき、システムが脆弱になるのであり、そこに風邪のウィルスが入ってきたと考えることはできると思う。毒でも、日常的に摂取していればそれに身体が順応するわけで……「糖分は?」「カフェインは?」「アルコールは?」と細胞が渇望しているような状態か。

精神的には、数日でだいぶ改善した。夜、しっかり眠れる。朝の目覚めがよい。仕事にも、フラットな集中力が持続する。以前はコーヒーを飲めば集中力がぐんとあがるのだが、すぐにガス欠してしまった。それを繰りかえした。その山と谷がなくなって、安定して仕事に集中できるようになった。結果的には、仕事の能率はあがっているのではないかと思う。

カフェインによる妙な切迫感、不安感が、そのまま対人恐怖症にリンクしていることを知った。私はもうだれかとコミュニケーションをとるときに、不必要に緊張したりしないし……なんというか、大柄な草食動物になったように、のんびりと、自然と会話ができる。コーヒーを飲んでいたときは、小刻みにふるえる小動物のように、ちょろちょろと動き回り、少しの失敗があると逃げだしていたように思う。

最近、酒を断って、カフェインを断って、いろいろ依存の鎖を切る試みをしているのだけど、ひとつ切るたびに「こんなに自由なのか」と驚いてしまう。依存とは、自己の欠乏感からくるのだろう。これを埋めるために、なにかで穴埋めしようとする。この欠乏感がなくなれば、もう何もなしでも、快適なのである。

まあ対人恐怖にせよ、神経症にせよ、不安症にコーヒーは御法度と言えるだろうと思う。

食事に関してはほとんどあらゆるものを断っている。

獣肉、カフェイン、糖、酒、ポテチ……。こう並べるとわずかだが、スーパーへ行くと、買う物がまるでないことに驚く。だから私の食生活は、ご飯と味噌汁、穀物の類、野菜、たまの卵や魚介といった具合である。とくに、納豆は毎日摂るようにしている。安いし、飽きないし、身体に良い。

私はべつに、長寿を目指しているわけではなく、精神的な安定を目指しており、その意味では上記の禁欲的な食事はベターだと思う。これが、長寿を目指すとなると難しくなる。100歳超の高齢者が、健康の秘訣は「肉を食べること」「煙草を吸うこと」と一般的な通念と反することを言うことがある。100歳まで生きることと(量)、精神的な安定を目指すこと(質)はまた違うということだろう。

「食事は文化」と言われるとおり、われわれがイルカを食べようが、隣国が犬を食らおうが、それは否定されるべきものではないとされている。それは「自由」であり、侵害されるべきではない、と。大麻や酒を批判することは許されても、砂糖や酒を批判することは一種のタブーとされている。肉をしっかり食べる女性はときに賞賛される。

しかし思った以上に日常に「毒」は潜んでいるのだな、とおどろくばかり。カフェインだって、自発的に調べようと思うまではネガティブイメージがほとんどなかった。むしろ、コーヒーを習慣的に飲むことは健康的であり、成熟した大人の習慣だと……。小さい頃からからテレビ広告にさらされていると、こういう効果があるのだろうか。

コーヒーを飲まずに何かを書くのは、妙な気分だ……。もう少しカフェイン断ちを続けてみよう。

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