12.15.2016

賃金労働を忌む

会社をやめたいな、と思っている。賃金労働というのが気に食わない。年俸制だから、毎月決まった給料をもらうだけ。生活はできるし、貯金は貯まるけど、味気ない。

貯金を貯めるのも、最初のうちは楽しかった。はじめて100万円を超えたときは、嬉しかった。今、貯金が400万円くらいある。これくらい貯金が貯まってくると、毎月数十万円の給料が入ったところで、たいして総額は変わらないことになる。40万円が80万円になれば嬉しいけど、400万円が440万円になったところで、ぜんぜん嬉しくないものである。

だんだん白けてきて、「いつまで貯めなければならないのか?」というムードになる。多くの日本人が、「老後のために」必死に金を貯めているわけだが、馬鹿らしい話である。もっと楽しいことに金を使わないのだろうか?金がなくなれば生活保護でいいじゃないか。

フランスに移住したひとのブログを読んでいると、やはり西洋国はいいな、と思ってしまう。労働時間が週に35時間。年に8週間のバカンス休暇。最低賃金は1500円くらい?そりゃ移民も一生懸命国境を越えてくるだろう。

労働環境はおそらく世界最悪レベルの日本だが、これを是正しようという気概はあまりないらしい。なにせ日本人の大部分は昨今の官製メディア報道で「日本はすばらしい国だ~」と呆けているからだ……。

そういう阿呆労働者を安い賃金でこき使えば金持ちになれるのではないか?と思うのだが、日本の富裕層ってあまり金持ちに見えないんだよな。結局、日本の富って海外に流出しているんだろうな、と思う。そこは敗戦国だから仕方ないのだろう。敗戦国は骨の髄までしゃぶられるということ。

話がそれてしまったが、どうせなら金をがっつり稼ぎたいと思っている。賃金労働だとどうしても収入が限られる。一生をかけて働いて、得られる賃金が2億とか3億ぽっちじゃやるせない……。

生涯、完全に金銭にしばられている社会階級がある。それは賃金労働者である。……現代の主要なる社会的問題は、ある意味において、わが国の労働者も移民になったという事実に由来する。地理的にはおなじ場所にとどまっているとはいえ、彼らは精神的に根こぎにされ、追放され、その後あらためて、いわばお情けで、働く肉体という資格で容認されているのである。いうまでもなく、失業は根こぎの二乗である。(シモーヌ・ヴェイユ「根を持つこと」)
奴隷が略奪によってもたらされ、賃金労働者が商取引によってもたらされるという違いがあるにせよ、《賃金制度は奴隷制度のもうひとつの形態にほかなりません》。(シモーヌ・ヴェイユ「ヴェーユの哲学講義」)

2 件のコメント:

  1.  日本人のマインドとして象徴的なビジネスワードが、「申し訳ありません」と「お世話になっております」だ。相手に一日に何度となくこの言葉を浴びせかけることで、奉仕と献身と従順の意思を示すのだ。逆にこの言葉が屈辱的で有るがゆえに、人は出世を目指すと言ってもいい。
     賃金労働がくだらないというが、貨幣制度が浸透するはるか前から農耕民俗としての日本人の統治機構として、主従関係は存在していたため、どんな人間関係においても「ごめんなさい精神」は必要だ。
     私も黒崎さんの言うようなフランス式の社会科制度や人間関係は、合理的で純粋かつ自由だと思う。だが、そのような理想的な社会であっても必ず綻びはある。それは、個人の連帯感の稀薄さだ。人間の置かれている環境の中で、様々な変化があった場合、合理的で自由という部分だけでは乗り越えられない困難もある。そんなときに、社会としての自由の要求値が高過ぎると、容易くその社会は崩壊してしまうのではなかろうか?

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  2. 私はフランス式の労働関係の方が自然であり、豊かであると感じます。つまり雇用者と労働者が対等であり、双方の合意に基づき契約的関係を結ぶという関係です。
    日本人はたしかに「個人がばらばら」ではないのですが、逆に濃密な人間関係に嫌気がさしている人は多々存在するのではないかと思っています。
    一例をあげると、フランス人は日本にくると「隣人に挨拶すらしないなんて!」と驚くそうです。われわれは本当は他人から逃れたい、連帯感なんてうっとおしい、と思っているのではないでしょうか。
    ただしこれは個人として幸福か否かという話であって、共同体、または国家の存続としてベストとは思いません。戦争や災害など国家の危機に陥ったとき、フランスのような社会ではそれこそ崩壊してしまうでしょうが、日本の人々は乗り越えられると思います。原発が爆発しても平気で仕事にいく人々ですから。
    国家的観点からすると「合理性なんてクソくらえ」となってしまうことは仰るとおりだと思います。

    ところで日本人は基本的に農耕民族ですが、私はサンカに興味があります。彼らは国家の支配から独立して存在していたわけで、まあ明治時代くらいにはほとんどいなくなったのですが、そういう権力の及ばないアウトサイダーは昔は意外と多かったのだと思います。

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