12.29.2016

ヒモかタビか―2017に向けて

今、実家へと向かう夜行バスにゆられながらこれをタイプしている。

今年一年はろくなことがないまま終わってしまった。今年中に世界旅行に旅立つ予定だったが、結局実現しなかった。ほとんど出発を決意していたから、荷物は買い揃えるだけ揃えたのだった。バッグだけではなくて、防水ケースとか、積載用のゴムロープとか、海外用のコンセントとか、たぶん持っていかないだろうが、バーナーやコッヘルまで揃えた。それらは今は押し入れのなかに詰め込まれている。

労働者として二年目を過ごしているのだが、一日八時間、月火水木金、同じような日々を過ごしていると、一年があっという間だ、と感じる。とくに私は、何も出来事のない田舎に住んでいるし、読書と仕事の毎日だった。それだから金ばかり貯まった。

今日、地銀の口座からネット銀行に金を移すことにした。ネット銀行は振込手数料が安いし、一定金額以上の取引であれば、ATM手数料がいつでも無料だからだ。(いったいATM手数料など取るのは日本くらいのもので、ほんと日本人は食い物にされてばかりだな、と思う。) さて地銀の金は金額にして400万円だが、これをいったん現金で出金し、ATMで入金することにした。こうすると手数料なしで振りかえることができる。400万円という金を初めて手にしたのだが、手に取った瞬間心拍数が10くらいあがった。つまり私が一年八ヶ月間生命を費やした結果がこれなのだな、と思うと何か400万円の札束がとんでもないものに見えた。たかだか400万円、とは思うのだが……。

私はまだ金銭的な欲から抜け出せていない。十分な財産が必要だと思う。それで金稼ぎブログであるところのmanimaniというブログを作ってみた。私にとっては金稼ぎは将棋や麻雀と同じような知的ゲームであって、一種の享楽を感じるものである。

金の話ばかりになった。私は労働から離れるために金を得ようと思っている。悲しいかな私は資産家の息子ではないから、遊んで暮らすというにはいかず、金稼ぎもせめて楽しんでやろうと思っているのである。「労働を越える道は、労働を通じて以外にはありません。労働自体に価値があるのではなく、労働によって、労働をのりこえる……その自己否定のエネルギーこそ、真の労働の価値なのです」と安部公房の何かに書いてあった。

今の計画では、とりあえず4月までは仕事を続けることにして、それからは二つの道を考えている。一つはSがこちらへ帰ってくるというから、Sのヒモになる、というもの。「ヒモ」というか、生活費は自分で出すからヒモではないのだが、ようは生活コストを最低限に抑えるために、同棲あるいはルームシェアをするということである。家賃、食費、光熱費など、シェアした方が断然生活費は安くなる。それに、Sとの生活は絶対に楽しいだろう^^

Sが仕事に行っている間、私は図書館へ行き、ひたすら読書と執筆をする。あるいは事業を起こす。いわば「経済的な不安から離れて」、「潤沢な時間を自分に与えたとき」に、どういうことが起きるのか、それを確認してみたいと思っている。まったく漠然としており、明確な「これがしたい」という目標はないのだが、なにかが起こる、という予感がしている……。あるいは、単なる読書ニートになって終わるかもしれないが。

当然ながら、Sが「無理」といえばそれまでであり、こうなると私は第二の選択をしなければならなくなる。つまり「世界旅行」であり、これは前々から計画していたものをいよいよ実行というだけの話である。今年になって、「カメラ」が趣味になった。カメラとバイクと海外一人旅という組み合わせ、私にとってはヨダレが出てとまらないほどの好物である。さらに私の計画では、この旅は晴「走」雨読となる予定であり、雨の中バイクで走るのも苦痛なので、雨の日はホテルに篭って読書する、ということを考えている。ああ、まったくイヤになるほど素敵な計画だ!

いずれにせよ仕事は辞める。賃金労働はうんざりだ^^ 私は自分が事業家になるか、作家になるのかわからないが(もしかしたら音楽家かも?)、来年はいよいよ自己実現を果たしたいと思っている。

今年は、考えてみるとそこまで悪いものではなかったかもしれない。神経症がほとんどなくなったから。私を十四歳のときから、十四年間苦しめた神経症であった。しかし神経症とは結局、切除可能なあるものではなかった。それは自己そのものだった。人生は、ようやく色づいた。遅咲きの青春、というわけだ。

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