1.11.2017

参っていたおじさん

あまり読み返したくない日記を書いてしまった。精神的にだいぶ参っていたらしい。

「寂しい、こんなことではやりきれない」――とつぶやくとともに朝目覚めたおじさんである。「そんな情けない言葉を吐かないでも」と自分で呆れながら身支度を整えたのだった。もうすこし体裁のよい表現はあるだろう。でも、出勤の車内で、それがじっさいの真実の心持ちなのだろうと思った。

だれからも必要とされていない、だれにも認められないような感じ、自分の居場所がないような気持ち。ひとと和合できない自分が何者なのかわからない。病気なのか正常なのかわからない。ただ私だけがマージナルであっちの世界とこっちの世界のあいだに立っている。

まあそんな抽象的なことをいってもしょうがない。気分はだいぶよくなった。それで哲学書をひさしぶりに読んでいたら、マルクスにかなり興味がわいてきた。哲学書はざっと読んできたのにマルクスに手をつけなかったのは、「もう否定されつくした学問」という気がしていたからだ。それにやたら長いし。しかし今の労働者としての自分の状況を批判的に考えるには、マルクスがぴったりの思想と考える。

はやく労働環境から離れたいな。今月はマルクスの月……朝から晩まで、月から金までマルクスを研究しよう……図書館の机にかじりついて……疲れたら、思索の散歩をして……そういう生活がしたいな。次の月はカントを読もう……それが終わったらヒュームを読んでみよう。貯金はあるのだから、少しの勇気さえあれば実現できる。しかし、そんな生活が夢想に終わることはわかっている。強制的で無味無臭の労働があるから、哲学に憧れをもつことを私は知っている。

今日は煮物をつくることにした。たっぷりの酒を入れて、にんじんと、アク抜きしたごぼうと、下茹でした大根を煮込んでいるのが今の段階。鍋のなかでごろごろおどる野菜を見ていると、落ち着いてくる。

1 件のコメント:

  1. 人の不幸を喜ぶ訳ではないけれど、苦しんでいる時のあなたの表現は、正直で綺麗で良いなと思うよ。これからもただ自分が思うままに進めばいいよ!

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