1.22.2017

仕事なんかしてないで、やりたいことをやれ

図書館に通っている。

やはり図書館はいい。世の中にはいろんな本があることを教えてくれる。あの静謐さ、文化の匂いっていうのはいい。まあ田舎なので、暇で暇でどうしようもない老人とか、金のない若い母親、あとは受験を控えた高校生がほとんどなのだが、箱モノを造りたくてしょうがない役人のおかげでクソ田舎なのにとても快適な読書空間となっている^^

陰謀論関係、経済学関係の本を読んでいる。陰謀論の本によれば、マルキシズムやニーチェイズム、ダーウィニズムはシオニストが流行させたらしい。とくに「共産党宣言」はイルミナティが書かせたそうで、共産主義イデオロギーと対抗させる目的でニーチェイズムができあがったとか。眉唾だな。

マルクスの来歴はよく知らないがニーチェがシオニストのために原稿書くとはあまり思えない。金と権力に堕落したワグナーを徹底的に糾弾したおっさんであり、梅毒で狂って死んだおっさん。シオニストの駒だったとすればそんな死に方はしないだろう。シオニストの指示通り動く人間は小泉や竹中のように快活に健康に生きるものである。

しかしエリーザベトがシオニストの駒だったっていうのならだいぶ納得できる笑 結局天才の成果をだれかが都合よく利用する世の中なんだろう。その意味で狂人ってのは信頼がおけるなあとしみじみ。狂人は嘘をつかない。

投資関係の勉強をすればもう働かなくてよくなるかもしれないな。私はもともと金をつかわない人なので……。月10万円あれば生きていける。そうするとあと4年はニートできる計算になる。

私はほんとうにニートになりたくって、朝から晩まで読書、という生活をしたいのである。コリン・ウィルソンが25歳くらいのときにそういう生活をしていて、彼は定住もせず、図書館が閉まるとテントだか車中泊で暮らしていたというから筋金入りである。

28歳という青年期の最後を労働なんかに費やしたら一生後悔しそうな気がしている。せめて35歳くらい、自分の人生にあきらめをつけて、家族の幸福のために生きるとか、まあそういう目的が重要になる年齢くらいまでは、自分のしたいことをしたい。労働者として生きていたら、それに最適化されてしまう。どれだけ自由や思想を愛していても、タイムカードを押した瞬間にスイッチが入ってしまうものだ。

私の年収が300万円くらいだったらさっさと見切りをつけているのだが、その倍以上あるのであり、時給にして3300円くらい、家賃や税金を行くと2700円ばかしになる。この給料はバカバカしいほど高い。といっても労働者の間で高いのであり、奴隷の首輪自慢にすぎないことはわかっている。私も搾取されるプロレタリアートであり、マルクスのいう「二重の意味で自由な労働者」にすぎない。

労働をはじめて二年で500万円を貯めたのだが、それがたとえ1000万円になったとしても、2000万円になったとしても、本質的な生活は変わらないだろう。つまり私はあいかわらず吝嗇な生活を続けるだろうし、300万円のクルマを買うよりは10万円台の中古車を買うだろうことは明らかである。

それでは何のために金を貯めるのだろうか。第一義は、「もう心配しなくてよくなるため」である。経済的困窮、つまり貧乏に対する恐怖である。しかしこの恐怖はほんとうに妥当なものなのだろうか?「恐れるべき唯一のものは恐怖である」とだれかが言ったのだが。

私の両親はたぶん中産階級になるとおもうが、両親のような生活はしたくねえな、と思う。カネがないのはいいけど精神まで落ちぶれちゃダメだよ。私の家庭はそんな家庭であった。金は重要じゃないんだよな、ほんと……。

実際のところ、十分な知識さえ身につけていれば貧困怖れるに足らず……托鉢僧とか無一文だけどなんとかなっているわけで。

私は最近、金の執着(恐怖)から離れるだけの資産が欲しく、そのため資産二億円を目標に掲げたのだが、これはやはり「片手間に」すべき仕事だろう。片手間に二億も稼げるのか、という気がするが、まあなんとかなるだろう。

せめて休日が週に3日とか、一日の労働時間が6時間とかであれば文化的探求を実行しながら生活ができるんだが……。今年中には仕事を辞めたい。と考えつつも、だらだら引き伸ばしになりそうな気もするが。

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