2.16.2017

Mesotes

平和に生きている。

なにもすべきことがない。Nothing to be done, である。

仕事をして、株取引をして、本を読む。

休日は、車を磨いて、バイクで遊んで、本を読む。

ときどき酒を飲む。

そういう生活で良いのではないか。

平和だなあ。

私は本格的におじさん化してきた。若者らしい理想主義と、理性主義がなくなってきた。自分が切り離された個人であるとは思わなくなり、孤独な存在だともおもえない。まあまあ楽しい微温的生活のなかにある。

じぶんのなかの醜い部分、否定してきた部分と意図的に統合するよう努めている。私は昔、かなりおバカなヤンキーだった。ジャパニーズ・ヒップホップが好きだった。そういう時期があった。

そういう自分を統合し、陰陽まじりあうようにすると、精神的なバランスがすこぶる安定するようである。

私が不幸だったのは、「教養」に早いうちから触れていなかったことだと思う。私のじぶんの性質は、田舎のヤンキーではなく、普遍的な知をめざしていた。それでも、私の家族はみんな無教養者だったし、中学や高校の友達たちもそうだった。

ようやく「教養」に出会ったのは、23歳くらいのことだったと思う。カミナリに打たれたように唐突に高い意識()にめざめた若きおじさんは、ダメなビジネス書をブックオフで105円(当時の税制!)で買いあさっていた。そこで出会ったのが「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」という本だった。この本はいままで読んだ本と違っていた。「なんとかの欲望が叶う法則」とか「~の話し方教室」とか「~を動かす」といったダメ本とは一線を画していた。私はそのとき気づかなかったが、その本には「教養」があったのである。

それで教養に目覚めたおっさんは岩波文庫(青)マニアになりついでちくま学芸やウニベルシタスや中公クラシックスのファンになり、ブックオフや図書館で買いあさった。そこには私の知らない世界があったのである。

ウニベルシタスは装丁がかっこいい

23歳くらいから最近まで私は教養の世界にどっぷりつかっていた。私は大衆はアホだと思っていたし自分はルソーとか宮沢賢治とかその辺の天才に近いと思っていた。じっさい私は神経症で少しイカレテイルところがあったし開き直ってこれは天才の印なのだと自負していたようなときがあった。それで、私は世界を救済する力をもった偉人なのだと思って日々がんばっていた。

ただ30歳が近づくにつれて自分の能力や才能の限界に気づきはじめる。偉人ってのは、小学生中学生くらいから頭角があらわれているんだよ。成人してから野球始めた奴がプロ野球選手になれるわけがないだろう。

それでさいきん私は、中学時代のようにデクノボーではないし大学時代のように哲人でもないのだということを知って、自分のことをその辺にいるまあまあ賢いおっさんなのだということで折り合いをつけたのである。そうしたら気分的に安定してきて、憂鬱と絶望だらけだった毎日が過去のものになった。

ヤンキーかぶれだった中高生のときは毎日泣きたいような最悪の気分だったし、哲人賢人きどりだった大学生~最近までもおそろしく精神的に疲弊していたのだが、いまは快適だ。もしかしたら食習慣の変化とか、禁酒(最近は節酒だが)の効果もあるかもしれない。

話はまったく変わるのだが、Nosce Te Ipsum、汝自らを知れという箴言は、ソクラテスが言ったことになっているけど、ほんとうはケイローンが言ったらしい。コンラート・ローレンツがそう書いていたのだが、このケイローンという名前はどう考えてもギリシャ神話のケンタウロスなのである。それでこの半人半獣の神は、「射手座」のもとになった神であり、なにが言いたいかというと、私も射手座なのでなんだか運命的なものを感じたのである。

ただの日記だな。

さいきんはもう文量が多すぎて読んでいないブログ「ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか」に次の言葉があって、最近の私の気分にぴったり合う。
ほんものの知性や感性は世界を描写するが、理想なんか語らない。
私は彼のファンであり、著書である「なぜギャルはすぐに「かわいい」というのか」も買っている。この人、かなり特異な思想家だと思う。つかめない。何が彼をそこまでネアンデルタール人にかりたてるのか……わからない……今日はもう寝よう。

(と思って彼のブログを読んだら、ネアンデルタール人論はやめると書いてあり、かなり驚いた。)

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