5.15.2017

時間泥棒と戦うニート

「ぜったいにだれかに時間を盗ませたりなんかしないわ!」とモモは言った。おっさんも同感である。

今日も8時頃起きる。日光に十分あたる。ミルクティーを一杯。お腹が空かないので、食事はとらない。働いていたときのように無理して朝食をつめこむことはしない。食べたいときに食べる。仕事をしたいときに仕事する……まあ、仕事と言っても読書・書き物なのだが。

そういえば紅茶というとシルクハットに傘をもったイギリス紳士の飲み物というイメージがあるかもしれないけど、もともと工場労働者の簡易な食事代わりだった。お茶に砂糖を入れてカロリーとカフェインをとる。短時間で栄養と覚醒が得られる。今でいうと栄養ドリンクみたいなものだね。

私は労働者じゃなくてニートだけど、紅茶が好きだ。同じカフェインでも、コーヒーはダメだ。キツすぎる。胸が悪くなるし、なんだか気分が落ち込む。紅茶はカフェイン含有量が少ないのもあるし、タンニンを含有しているのでカフェインを中和してくれる。

カフェインはキサンチン誘導体の酸性物質で、タンニンはアルカロイド(植物由来のアルカリ性物質)だから、酸塩基反応的に中和してくれる。中和反応が起きると、イオン結合が起きる。基本的にイオン化した物質は水溶性で消化管を通りにくく、吸収されにくくしてくれるというわけだ。化学もまた勉強し直したいな~。

イスラム圏の伝承を読んだヘルマン・ヘッセはこう言った。
私たちは読みながら、たえずあこがれと羨望の念を抱く。「この人たちには暇があるのだ!」。そう、たっぷり時間があるのだ!この人たちはひとりの美女の美しさを表現したり、あるいはひとりの悪漢の卑劣さを描写したりするための新しい比喩を考え出すのに、一昼夜をかけることができるのである。……かれらのは底なしの泉からくみ上げるように時間をくみ上げる。この場合、一時間とか一日とか一週間の損失はたいしたことではない。
あくせく働く人に、こういう時間が訪れることはないだろう。

そういえばタイムリーなことに、私の読んでいるブログに労働に関する記事が。


小浜氏はいたずらに労働時間を下げても消費には結びつかないとし、長時間労働に一定の経済的文化的意義を見いだしている。東京ちんこの方は「仕事に価値を見いだす奴なんていない」としている。上から俯瞰して政治的に見れば小浜氏は正しいし、一個の労働者として考えれば東京ちんこが正しいだろう。

私の考えでは、働きたい奴だけが働く社会になればいいと思っている。働く奴が働かない奴を虐げるようじゃだめだ。学制も同様で、学校が好きな奴だけ学校に行けばいいと思う。そうすれば年端もいかないガキンチョが飛び降り自殺するなんて悲劇はなくなるだろう。

もっともそうも行かないのが経済戦争的な世界システムに飲み込まれた社会だ。学生―労働者という流れは戦時中で言うところの徴兵のようなもので、徴兵逃れが非国民と罵られるように、引きこもりや無職は虐げられる。「みんな命を懸けて戦っているのに、お前はなぜ逃げようとする?」というわけ。めんどくせ~な~嫌ならお前もやめちまえ(^ω^;)とニートの私は思う。

結局毎日書いてしまっているなー。今日も読書。日本史の勉強をしたいのだ。

3 件のコメント:

  1. 脱社畜おめでとう。なお、
    タンニンはアルカロイドじゃないよ、
    構造をもう一度みてごらん

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  2. ほんとですね。窒素がないしむしろ弱酸性っぽいですね^^;
    wikipediaの最初の一行を誤読してました。
    社畜に戻る気はないのでどうやって生きていくか思案中です。

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  3. お互い思う通りにいかないものだよね
    3年目は軌道修正の年かも、此方にとっても

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