5.13.2017

一円にもならんment

あとから振りかえるとどうしようもない論考だな、と思うことでも、そういう物事を自己から疎外してはいけないのだろう。

「奴隷制っていいよね……」と書いたあとは好きでもない女を抱いた後のようなバツの悪さを感じるのだけど本心なのでしょうがない。

初めてシュル・レアリスムを起こしたのはブルトンだったか、まあだれでもいいのだが、いくら奇異なものであってもそれが一端既成事実となり歴史化・集団化してしまえば後続の存在意義などないのだろう。

横目で安全圏に入るのを確認してから「あ、ぼくもそう思ってました!」「それ、いいですよね!」と雨後の筍のごとくニョキニョキ生えてくる連中であってはならない。創造的行為とはそういう営みであって、必ずはじめは迫害される。


アメリカのニート事情を調べているとおもしろい言葉があって「normie」ノーミー、普通人と私は訳している(パンピーIppan peopleだと多様性も含意するのでちょっと違うと思う)。



で、このnormieの定義は「精神病を患っていないこと」を示すらしい。ex:俺は普通人だったけど、この前から鬱病にかかっている――。

つまりnormalに対するところの「異常abnormal」が即ち精神病を示すことになっている。とても示唆的でフーコーにこういうスラングがあるよと言ったら喜びそうだ。

身長が210cmあっても100mを10秒で走れても病気ではないが過度に神経質だったら病気になる。抗不安薬やSSRIの適応になるということだ。この医療システムの異常さを何でだれもが受け入れているんだろう?

私はむしろ鬱病や神経症の人間の方がnormieよりはるかに健康的だと思う。このような社会でまっとうにやっていける人間は頭のどこかが麻痺しているに違いない。

私が奴隷制を肯定するのは、資本主義ってクソだよね!→じゃあ共産主義にしよう!という進歩史観がなんだか稚拙に思えてならないからだ。資本主義はたしかに不自然なシステムだが、共産主義はもっと不自然だよ。

左翼が理想とする平等社会は自然には一個も見られず、強いてあげるならアジの群れが究極の平等社会かな(資本主義が不自然?生物界は弱肉強食じゃないか!という人がいるかもしれないがめんどくさいので霊長類の生態を観察してほしい)人間は動物であって神の子じゃないんだよ。

それで(古典的な)奴隷制のメリットというのは、奴隷制が必然的に主人的・貴族的文化を生むからだ。つまり「金や土地を持ってる奴が偉い」という資本主義のアホくさい階級制度が破壊される。

厳密に言えば資本主義社会も一個の奴隷制wage slaveryなのであって、私の歴史観だと「文明とは奴隷制(≒戦争)である」とすら思っているので、奴隷制を完全に廃止するのであれば縄文時代にタイムリープしないと不可能だと考えている。それだから悪い奴隷制から「良質な奴隷制」に移行しようというのは理にかなった自然な考え方だと思っている。

長くなったのでここまで。公開するか迷ったが公開してしまおう。いい加減なことを書き続けるのは楽しいな~。いい加減は良い加減(^ω^ )

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