7.29.2017

なにもしない旅行でなにもしない

想像すれば、私には見える。わざわざ旅などして、それ以上なにをするというのか。感じるために移動しなければならないのは、想像力が極度に脆弱な人間だけだろう。(ペソア「不穏の書・断章」)
バリの滞在10日目。

私のバリ旅行は旅行という体裁だけども、「滞在」に近い。今回の旅行のコンセプトは「避暑にいこう」というものなので、「おいしいものを食べよう」とか、「贅沢なホテルに泊まろう」とか、「アクティビティを楽しもう」「ゲストハウスで異文化交流しよう」なんてものではない。だから極端な話、北海道や軽井沢で安く過ごせるのであればそれでよかった。

今滞在しているAmedという街。バリ島東部。
飯屋はほとんどがツアリスト価格(ぼったくり)だ。

一泊1000円くらいの二つ星ホテルに泊まり、一食100円のローカルフードをビンタンビールと共にかきこんで、あとはだらだらしておしまい。最近は「Hello! どこから来たの?」から始まる国際交流がめんどくさくて、ドミトリーには行っていない。カプセルホテルタイプはその点最高で、プライバシーが尊重されるし、お一人様+貧乏の退廃的なムードが漂ってる。

ドイツ人カップルに「バリ楽しんでいる?」と言われて、「うーん、普通かな」「もうあちこち行くのは疲れたから、こうしてロビーでキンドル読んでるのが最高だよ。」というと、「まあ、そういうのもいいよねThat's also nice」と微妙な答えが返ってくる。私も微妙な笑顔を返す。

カップルはきっとこれからダイビングへ行くし、きっと寺院へ行って自画撮りするし、変な形のローカルフルーツを買うし、しょうもない安物ブレスレットを買って、パブでハイネケンでも飲んで、ひとしきり騒ぐのではないか。That's also nice.

私の旅って何なんだろう?つまんなくないの?と言われそうだ。いや、つまらなくはない。おもしろくもないが。

「旅」というものに過剰な期待を抱いていたときがあったけど、もう幻想はなくなった。幻想というのは……「旅へ行ってぼくは成長しました!」とか、「自分探しの放浪記」みたいなサブイボが出るたぐいのもの(ほら、よくダメな「ブロガー」が書いてる、自己紹介が長~い奴)。

たしかに初めて海外へ出たときやインドへ行ったときは妙な達成感があった。だけど、それから何回か旅へ出て、その単調さにうんざりするようになった。どの国へ行っても、金を払えば飯が食えて、タクシーに乗れて、ホテルに泊まれる。いまはGoogle Mapがあれば迷わない。そう、Booking.comやGoogle Mapがあれば、冒険なんてものはなくなるのである。

基本的な旅のスタイル。移動してチェックインして飯食って、観光地を巡って、のリピート。結局「消費」しているだけ。文化も、アクティビティも消費しておしまい。100人撮れば100枚同じになるような写真(上の写真も同様)を撮って、ダメな土産を買って帰る。で、帰ってきたらI'm somebodyのように振る舞う。「まだ国内旅行で消耗してるの?」なんて言いだす。

「金を払って、楽しんで」という労働者根性(消費者根性)のバケーションこそ、おもしろいのだろうか?とおっさんは訝しむ。

旅に出る前から書いていたことだけど、海外旅行なんてするよりも、たとえば東京に住んでいるなら、バイクでも借りて山梨県へ行って、県道を散策して、脇道に林道があるならそこへ入って、テントを広げて、川の水を浴び、焚き火をつけて、闇夜と野生動物の物音に怯えながら過ごすという方が冒険だと思う。

世界一周旅行なんて大したものではないと思う。かつてはすごいことだっただろう。それこそ「放浪者」、一流のツアリストがエベレストに挑むような気持ちで旅に出たのではないか。それは孤独で過酷だった、だから旅先の出会いも一生ものになったに違いない。しかしこれほど市場経済化(サービスの商品化)と情報化が行き渡ってしまえば、「だれでもどこへでも」行けるようになったのではないかな。
(消費者となった――)人々は物事を自らなすdoというよりもそれを得ようgetとする。自らが創造しうることではなく、購入されうるものに価値をおくように訓練される。自ら学び、自ら癒し、自分で道を進むよりも、教えられ、動かされ、治療され(取り扱われ)、ガイドされるのを欲する。人格でない諸制度が人格的な機能を割り当てられるのである。(イワン・イリイチ) 
まあおっさんは東南アジアとインドしか旅行したことがないから、偉そうなことは言えないのだけど。バリなんてもろに観光地だし。アフリカとか南米の旅行はまた違うんだろう。

結局、またコーヒーに酔ってしまった。

長くなったけど、ようは「消費」としての旅行が嫌なだけで、本来的な「旅」にはまだ憧れていると思う。すべてが予定調和に行かないような旅。

まあ、今回は旅ではなく「滞在」。気兼ねなくのんびりしよう。

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