7.03.2017

冷たい、暗い、悲しい、死にたい

ブッダが言った。「弟子たちよ、病には二種類ある。肉体的な病と心的な病である。肉体的な病は、一年、二年……100年さらにはそれ以上にわたって、かからない幸せな人がいる。しかし弟子たちよ、心的な汚れから解放された者(すなわちアラハント)たちを除いて、この世の中で心的な病のない状態を一瞬たりとも享受できる人は稀である」(ブッダが説いたこと/ワール・ポララーフラ)

虐げられるばかりだった私の人生を振り返ると……とても悔しい気もするし、もはやバカバカしい、アホくさい、このクソくだらない現世など潰れてしまえばいい、という気もしてくるものである。

「冷たい、暗い、悲しい、死にたい」というフレーズは、私が学生だったときや、働いていてしんどいときに呟いたフレーズ。こういう言葉をぶつぶつつぶやきながら、スーパーでビールをカゴに入れたり、バイクを運転したり楽器を練習していた。

ここ最近、そう思うことはなかった。気楽なニートだったからである。ビールを好きなだけ飲んで、タイで好みの女を抱いた。

しかし、実家に戻ってしばらく過ごしてみると、置き去りにしてきた過去が蘇る。私はなんて、辛い人生を歩んできたのだろう!と、悲しくなる。私は……人生は苦痛で当たり前だと思っていた。でも、それが異常だということに最近気づいた。

私はとても、いじめられていた。思いつく限り……教師は最低だったし、同級生も根性の捻じ曲がった奴ばかりだった。私はいじめられているのが当たり前だから、自らすすんでいじめられにいくことさえした。私には救いがないのが当たり前だから、だれにも助けを求めなかった。

私は愚かだったと言えるだろうけど、小さな私はこう主張するだろう。「こうするしかなかった」

そう、私はこうするしかなかった。世の中は本当に嫌いだった。それでも私は生き延びなければならなかった。どこか私を受け入れる場所があるだろうと思い、結局、今にいたっても私はアウトサイダーである。

世の中が嫌いで、本当に憎い。私は小さい頃からそう思っていた。にもかかわらず、その感情を抑圧していた。当然の話である。小さな小学生や中学生にとって「世間」は絶対的なものであり、簡単に相対化できるものではない。

私は何もかもが嫌いだったのだ。できることなら、何人も何十人も殺したかったのだ。学校を爆破し、実家を破壊したかったのだ。その感情はことごとく抑圧されていた。肉体は怒りに燃えているのに、理性がそれを抑制した。――私は結局のところ、お利口さんだった。

今になって、怒りがふつふつと湧いてくる。私はさんざんいじめられてきた。私はいじめられっこだったのだ。自覚はなかったけれど。今となっては、私を侮辱してきた人々、軽んじた人々、私をないがしろにした人々に、極刑を与えたい!貴様らに生きている価値はない。私の怒りのために、貴様らは死ね。

大阪のゲストハウスのオーナーが言っていた。「この国は、最低だ。詐欺師ばかりだ」。たしかにそうかもしれない。ほんとうに、詐欺師や性根の悪い奴しかいない。人の良心につけこむ悪人ばかりだと思う。



感情で書きなぐってしまったが、山中湖の写真でも貼っておこう^^;



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