7.25.2017

日本人は冷たい個人主義者である

できることなら日本を離れて生活したいと思いつつも、やはり私は日本人だな、と思うことも多い。

「日本人は集団主義」という定説があるが、これは嘘であるらしい。日本人は欧米人などよりもずっと個人主義的である。

このことは、私個人をふりかえってもそう思う。

第一、いい年して一人で旅行しようという者は基本的に「変わり者」扱いだ。ドミトリーに一人旅をしているドイツ人女性がいたが、彼女は本国の家族とずっと連絡をとっていた。ドミトリーにいる間、ずっと電話をかけている。その間、私は電子書籍で本を読んでいた。

また基本的にドミトリーに引きこもっているのは日本人を含め東アジア人に多い。白人たちは現地人と仲良くなったり、白人同士で仲良くなったりする。

東南アジアで一人旅をしていると、現地人に「一人か?家族は?恋人は?」と聞かれる。「一人で旅をするのはよくない」とまで言われたこともある。

白人は結婚していれば夫婦で旅行するのが当たり前、高齢の夫婦であっても腕を組んで歩いていたり、食事も一緒、外出も一緒ということが多い。

こうして考えてみると、アングロサクソン系よりもずっと日本人は個人主義者なのではないか?と私は思う。単なる主観に過ぎないけど、アングロサクソン系の方が、心の底から他者と融和できているな、と感じることが多い。


それでそういうことを調べていると、ばっちり東大の発表が出ていた。「『日本人は集団主義的』という通説は誤り(高野陽太郎)」。
心理学的な研究では、異なった文化のあいだで、集団主義・個人主義の程度を直接比較することができる。そうした実証的研究の中から、「世界で最も個人主義的だ」と言われてきたアメリカ人と、「世界で最も集団主義的だ」と言われてきた日本人を比較した研究を集めた。集団主義・個人主義の程度を測定するための調査研究が11件。自分の意見を曲げて集団の意見に従うという「同調行動」に関する実験研究が(高野自身の研究も含めて)5件。自分の利益を犠牲にしてでも集団に献身するという「協力行動」に関する実験研究が6件。
これら計22件の研究の結果をみると(図を参照)、通説に反して、「日本人とアメリカ人とのあいだには明確な差はない」という結果を報告していた研究が16件、通説とは正反対に、「アメリカ人の方が日本人より集団主義的」という結果を報告していた研究が5件もあった。一方、通説どおり「日本人はアメリカ人より集団主義的」という結果を報告していた研究は、わずか1件(調査研究)しかなかった。すなわち、心理学的研究の結果は全体として、明らかに、「日本人は集団主義的、アメリカ人は個人主義的」という通説を支持していなかったのである。

高野氏によれば日本人の「集団主義神話」は「菊と刀」に始まったようである。で、当時「菊と刀」のような日本人観が強烈に海外に浸透していたのは、戦時中の日本人の姿が脳裏に焼きついていたからであり、その日本人の姿はまぎれもなく集団主義的であったにせよ、「外敵の脅威に直面したときに人間集団がとる普遍的な行動」でしかなく、とりたてて日本人の国民性を示すものではなかったらしい。

白人たちにとって、大戦中の日本人はよほど恐ろしかったに違いない。銃剣突撃、特攻など半ば狂気をもって襲いかかった日本人たちだが、実情としては窮地に陥っていたからそのような行為に出たに過ぎない。

ルース・ベネディクトなどの欧米の学者の視点を「輸入」した日本の学者が、日本人は集団主義だと主張し続けたのは容易に想像できる。「甘えの構造」とかそういう日本人論。

経済においても同様で、欧米の契約的な労使関係と違い、日本はあたたかみのある「家族経営」と言われているが、結局は家族的雰囲気を建前に、強固な抑圧と搾取を実現させていただけである。ようはそれが「金になる」からそういった環境をつくりあげていたというだけの話。高野氏が指摘するように、日本の「終身雇用」や「年功賃金」は特段のうまみがあったわけではない。

日本経済は「えげつない搾取」を実現していたから成功していたのである。新自由主義的な思想はアメリカから与えられたのではなく、むしろ日本から発信されていた。

現代のブラック企業の環境は、日本経済の体制が「変化してしまった」のではなく、搾取の構造はまったく変わらずに、経済成長の停滞によって全体のパイが減った状況と考えるべきである。

日本人は冷たい個人主義者

と考えてしまえば、いろいろなことが腑に落ちる。「俺が良ければそれでよい」という考え方をする日本人は(私を含めて)非常に多い。例えばシングルマザーや生活保護者、精神障害者などの社会的弱者に対する態度は、特異に辛辣であると思う。


また政治家や官僚などの日本の支配層の考え方も、個人主義的なエゴを原動力とした権力闘争であり、そこに「公益」「公共」と言った概念はどうしても見えてこない。

実は高野氏とまったく同じ指摘をしていた思想家がいたと思うのだが、思いだせない。多分坂口安吾だったと思うのだが、彼も日本人は江戸中期頃からこのような個人主義が浸透していたと言っていた。

なので、「日本人は冷たい」というのは今に始まったことではなく、そもそもそういう国民性だったということである。個人主義的な土壌があったからこそ、日本は西洋の文化・技術を大きな摩擦なく取り入れることを達成し、アジアでもっとも早く近代化を果たしたと言える。

どうも「和をもって尊しとなす」とか、「村社会」「おもてなし()」などの官製的日本人像が浸透しているので、我々はねばっこい人間関係の中に生きる没自我的存在である、と自分のことを考えてしまいがちだが、実はセム系一神教の人々よりずっと個人主義的である、ということである。

そのように考えると日本に自殺者が多いということも説明がつく。この国の人々は慢性的に孤独病なのではないか。もっとも、私は日本人のなかでもずっと「孤独な個人主義者」であるから、このような姿勢にある程度肯定的な側面を見出しているけれど。

「日本人は冷たい個人主義者」という視座がないと、なかなか日本人像の実態は見えてこないだろう。そういう意味で、今日はいい発見をした。いろいろすっきりとした。

1 件のコメント:

  1. もっとストレートに言えばクズだらけですよね今の日本は
    他人がクズなのはいいにしても自分だけはそうはありたくないものです

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