7.02.2017

不適格な親は死ぬべきだろう

子どもが親から受け継ぐものは、遺伝要素や富だけではない。

文化資本もまた受け継ぐ。これが案外重要である。

バッハ好きの親の息子はきっとピアノを習うだろうし、高学歴の子どもは早くから教育に力を入れられるだろう。ディズニーランドの代わりに美術館へ行くかもしれないし、アンパンマンのDVDを見せる代わりに世界中の絵本を見せてくれるかもしれない。
文化が資本であることを理解するためには次のようなことを想起すればよい。劇場やコンサートは入場料自体はほとんどの人々がアクセスできる範囲にある。にもかかわらず現実にこれらを享受するのは特定の人々に限られている。クラシック音楽や古典劇を理解可能にするコードがなければ楽しくないし、意味不明である。したがって文化財を理解可能にするコード所有者には富めるものがますます富むという文化資本の拡大が生じる。資本の拡大は貨幣や財産に限らない。しかもこのような文化資本は教育達成(学力、学歴)に有利なコードとなる。上層階級の家庭には「正統」文化が蓄積されているからである。正統文化とは高級で価値が高いと見なされる文化である。クラシック音楽や古典文学は正統文化であり、演歌や大衆小説は正統文化から距離がある。学校で教育されるのは文化一般で はなくこうした正統文化である。 “(竹内洋・京都大学教授『日本のメリトクラシー』東京大学出版会)”
文化資本が見えざる階級の再生産に与している。

美術館や演劇、クラシックコンサートなどはだれでもアクセスできる。しかしいわゆるB層的な親に育てられた子どもは、そういう場に無縁である。

図書館へ行くよりカラオケに行き、絵画を見るよりもスマホの画面を見、クラシックよりジャニーズを聴きたがる。



私の親はというと、何らそういう文化資本を持たなかった。B層そのままと行った具合で、私が彼らから学んだことは、ただ諦めよ、忍苦忍耐、受動的に、愚直に生きよ、といったことだった。それが私に与えられた貧弱な処世術だった。

彼らにはこの世の喜びといったものはほとんど用意されておらず、せいぜい酒を飲みテレビ番組を見て惚けた笑みを浮かべる程度であった。私から見ればほとんど価値のない人生である。

私はある程度の教養を身につけることができた。兄弟はともにB層的であるので、私はこの家庭に生まれた例外とも言えるだろう。私の親は何も教えてくれなかったのだが、書籍のなかの思想家や実業家の中に両親の代わりの存在を見つけたことによって、私は彼らの「文化資本」を受け取ることができたのである。

だから私が哲学や宗教や精神医学などを好んで読むのは、本来親が与えるべき教条を、一から学び直しているからだと言ってもいい。

名家やエリートの家に生まれた子どもはたっぷりと文化資本を受け取っており、この世で自由に楽しく生きる権限が与えられているように思われる。彼らは社会の上層にあって、自分がそこにあることに疑問を抱かない。すべてが自分のために用意されており、すべてが予定調和的である。

幸せとはこういう少数の人間に与えられている。私はこういう人を見ると、眩しくって見ていられない笑 両親を尊敬し……両親同士も互いを尊敬しあっているなど……私には別世界のお話である^^;

しかしその幸福者の足元には、無数の踏みにじられるB層が存在している。彼らはその存在を知りもしないのだろう。

数多くの芸術家が文化資本を受け取っているし、哲学者もまたそうである。ニーチェは神父の息子だった(当時神父はエリート)。岡本太郎は漫画家と詩人のハイブリッドだった。ジャコメッティの親も芸術家。

私の両親は、何も与えてくれなかった。与えないだけならいいが、彼らは惨めな暗い人生とは違う生き方がこの世にあることを教えてくれなかった。

私が良い大学へ行きたいと言っても予備校へ入れてくれなかったし、私が画家になりたいと言ったときも、習い事などさせずに無関心であった。私が死ぬほど学校へ行きたくなくて自傷行為さえしたときも、私の言い分は聞かずにただ学校へ行けと繰り返すばかり。

彼らの口癖は「金がない」「金がもったいない」であり、ただ子どもが自立し稼ぎ、経済的に楽になることのみを望んでいたように思う。

私は両親の子どもに生まれたことを不幸と考えている。いや、ないものねだりなのかもしれないが。

私が上等の家庭に生まれていたら……もっといい大学に入れていたかもしれない。芸術家や思想家になれていたかもしれない。神経症が長期化する前に治せたかもしれない。

そういうことを考える。

私にとって不幸だったことは、自分の両親の異常さに、自分の境遇の異常さに最近になるまで気づけなかったことだ。だから私は自分が本来あるべき姿というものを確認できないまま、おっさん化してきている。

親という存在をどう思うかは人それぞれだろう。両親はふたりとも健在だが、私としてはさっさと死んでもらいたいと思っている。いや、もう遅いだろうか。私は親がずっと早く死んでくれたなら、自分がもう少しましに生きられたと思っている。十歳のときに。十五歳のときに。二十歳のときに死んでくれたなら。

このように考える、考えなければならないことは紛れもなく不幸である。しかし子どもは親の死や不在は乗り越えられるとしても、愛情のない、父性や母性の喪失した親の存在には耐えられない。

こういう存在は子どもの視界から消え去ることが義務であると私は思う。


追記:
いろいろと検索しているとこんな記述を見つけた(発言小町:毒親が亡くなりました)。
こちらでは、毒親の子供は完全擁護されるようですが
親に何かされたとか焦点を当てるところはそこではなく、
自分の生があるのは、親のおかげだと考えることはできないのでしょうか。
あたかも自分一人で育ってきて毒親毒親と言っていますが、
生まれた瞬間から、その毒親と思い始める日まで
食べさせてもらい、おむつを変えてもらい、
何かあった時は病院に連れて行ってもらったから
今、そんなことが言えるまで育ってきたのでありませんか。
火葬されて形はなくなっても、その時何の感情が出なかったとしても
あなたの半分の血はその母親でしょう。
一生ついてまわりますよ。
あなたのその考え方も、好みも、体型も半分は母親の血。
いずれ嫌でもあなたはその毒親に似てきます。
毒親と思う自分をこんな場所で正当化するのはやめてください。
こういうことを言う人が……毒親との関係を克服したとは思えない^^;また、毒親の実体をつかめているとも思えない。

愛して欲しいと何万回も祈った願った子どもたち
決してその願いは叶えられなかった
生に絶望し 心を傷つけ それでも親にしがみついた

子どもたちは 少しずつ生長した
目を開き 立ち上がり ようやく自分を
世界が光に満ちていることを 発見した

子どもたちは今度は 親を愛さないと決めた 
そうしなければ 前に進めないから
愛せない存在は 愛せない それが子どもたちの答えだった

というようなイキフンのストーリーが、毒親の子どもにはあるのですよ(突然の詩だが)。

子が親を許し、愛することができるのは、毒親が過去を反省しドゲザでもしたときでしょう。しかしそんな機会はほとんどありえない。

「半分の血はその母親」とはその通りであって、それを踏まえた上で親を否定するということは、そうとうの覚悟が要ることである。痛みの伴う行為である。それでもあえてそうしなければならないという状況に子どもが置かれている。

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