11.15.2017

広告は読者を金にかえる

前回霊長類に関する記述をした際に、アマゾンへのリンクを貼った。このブログを読んだ人が、あのページを辿って書籍を購入すると、私に広告料が入ることになる。

私は基本的に、アフィリエイトが嫌いだ。アフィリエイトというか、広告という媒体が嫌いである。したがってテレビやラジオも好きではない。新聞は読まない。ネットブラウザには広告を消すアドオンをつけている。

私自身が広告を消しているのに、私が広告をブログに貼り付けることによって儲けるのは卑劣である。だからこのブログには広告を貼らない。ただ、アマゾンへのリンクは読者にも一定の便益を生むだろうから、貼っている。そんで私が儲かればラッキーというわけだ。

今回、アフィリエイトの仕組みを整理したい。



ブログを閲覧することによって、閲覧者が商品を買う――

この回路がなければ、広告は成り立たない。

では、広告はどのようなプロセスで消費へと誘導するのか。

人はふつう、次のように考えるだろう。

広告をクリックして商品を買うことによって儲けているんだろう」と。

しかし、広告閲覧者が商品を買うプロセスは、直接リンクを辿って購入する、といったケースに限られるわけではない。

バナー広告の広告効果には、インプレッション効果レスポンス効果の2つの効果があるとされる。

インプレッション効果はバナー広告の表示そのものの効果で、露出回数などで計測される効果である。レスポンス効果は広告に対するユーザーの反応で、クリック率などで計測される。

ある統計によれば、広告のクリック数は、0.28%程度と極めて少ないようである。アフィリエイトの報酬は、クリック数や購入数によって決定されることが多い(Amazonはそう)。なかなか大変なビジネスである。


レスポンス効果を狙ったバナー広告の例。とてもうっとうしい。
だがたぶん、0.28%のお馬鹿さんはクリックするのだろう……。

一方でインプレッション効果(印象づけ効果)は、何度も同じ広告を目にすることによって商品の購買意欲を上昇させる効果を狙っている。

なんども同じ広告に触れることによって、その商品に好意を抱く、安心感が付与されるといったことが心理学の実験で実証されている。

道ばたでたまたま同じ商品を見つけたときに、それを無意識的に選択するといったことが起きる。

たとえば、歯磨き粉をどれにするか、洗剤をどれにするか、なんてことに多くの人は注意を払わない。こういった製品は、どの商品を選択したところで効果は大して変わらない。

晩ご飯を何にするかは重要である。ハンバーグにするか、お刺身にするかは食事の満足度に大きな影響を与える。しかし、洗剤や歯磨き粉はとくにこだわりのない人が多いだろう。そこで、より多く広告に接した商品を選ぶことになる。だから洗剤のCMは活発なのである。

「無意識的に選択する」というのは、テレビCMを覚えていなくても影響を受けるということである。

インプレッション効果を狙った広告の例。
自動車もまた、「どれを選んでも大して変わらない」商品のひとつである。

これは閾下単純接触効果といわれ、閾下で、ある刺激を繰り返し呈示されると、その刺激を覚えていないのもかかわらず好きになってしまうといった効果である。私たちはテレビを見るときに、CMにほとんど気にとめずに流し見ているが、効果は確実にあるというわけだ。

インプレッション効果は、このような働きかけによって、特定の製品の消費を促進する効果がある。

洗剤以外でも、熾烈な宣伝競争が行われる例はある。VISAかMasterCardか、アコムかプロミスか、ペプシかコカ・コーラか(コーラ戦争)、缶コーヒー、ポテチはコイケヤかカルビーか、チョコは森永かロッテか……などなど大して変わらない(心底どちらでもいい)商品に関しては、激しい宣伝競争が行われることが多い。

消費者を売り渡す

そんなわけで、私たちが考えている以上に広告という媒体はちょっと洗脳じみたというか、人間心理を狡猾に利用していることがわかったと思う。


話はかわるが、広告の構造はどのようになっているのか考えたいと思う。

広告における利潤の仕組みを以下のように三者関係化する。

ブログが宣伝によって閲覧者に購入させ、それによって企業は利潤を得る。そのなかから、ブログ運営者に報酬がわたる。

ちょっと見づらい


広告による利益は、上記のように成り立っている。

ここで、「閲覧者(購入)商品」をまとめてしまえば、以下のように企業―ブログ間の取引に単純化できる。



この図の意味するところは、ブログが消費する閲覧者を企業に売り渡している、ということである。

ブログ運営者は、消費者を生産し、企業に売り渡す。企業は報酬を与える。ブログ運営者は儲かる。企業もまた儲かる。

チョムスキーの言うように、「マスメディアは広告主に「視聴者=消費者」を売って、カネにしてきた」ということになる。

消費者にとって、その購入が自由意志によるものだったかは疑問である。先に見たように広告には洗脳まがいの効果が明らかにされている。また、広告されている商品を見ればわかるが、愚にもつかないがらくたばかりである。ほとんどの消費者は、消費行為を自由意志だと信じているが、金をむしりとられていることになる。

ベンジャミン・フランクリンがかつて述べたように、「戦争は盗奪であり、商業は詐取である」といったところだろうか。

先日、私は東京に知人に会いに行ってきた。私はすでに田舎っぺなので、ちょっと寄り道して渋谷駅からスクランブル交差点を観察した。

いずれにせよ、広告というシステムはうんこである。私は広告の世界から離れて生活したいと思うし、ひとびとを広告から遠ざけたいと思っている。広告は人間を金にかえる卑劣なシステムだからである。

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